▼ 森・福沢/天秤はどちらに傾くか
「相変わらず貴君は彼女に執着しているな」
「相変わらず彼女には過保護のようで?」
閑静な喫茶店に響いた剣呑な声。殆ど同時に発せられた言葉に店主である女は深く息を吐く。
女の目の前にあるカウンター席に腰掛けて、陣取って火花を散らしている二人の男は女の昔馴染みだ。
森の友人であった女が彼を通して福沢と知り合ったのだが、出会った当初からふたりは女に対して恋慕の情を向けてくる。
好きだと。お前に恋焦がれているのだと。自分を選んでほしいと。
熱のこもった瞳で見つめられても尚、女が一方を選ばないのは女には愛やら恋やらそういったものがわからないからだ。
キラキラと輝くようなそれらは自分のものではなく、誰かのものである。触れてはいけない硝子細工のようなもの。
だから両手いっぱいのそれを差し出されても、女には受け取ることは出来ない。
「いい加減にしないと店から叩き出すわよ」
「む」
「これは手厳しい」
声を荒らげることはないものの、言い争いを続けていた二人にそう声をかけると小さな諍いはぴたりと止んだ。
幸いにも店内に二人以外の姿はなく、誰かに迷惑をかけてはいない。だが顔を合わせる度にこうやって言い争いを見せつけられるのなら、いっそ。
「君が私と福沢殿、どちらかを選んでくれたら解決だと思うのだけどどうかね?」
今しがた考えていたことを森に言われどきりとする。確かにそうすれば二人が争うこともなくなるだろう。
しかし福沢と森に対して友愛以上の感情を抱いたことのない自分な恋人という椅子に座ってもいいものか。
口ごもる女に福沢が追い討ちをかけた。
「確かにそれも一理あるな。私と鴎外殿、何方を選ぶ?」
「そ、そんな急に言われても」
「急ではないとも。私たちはずっと君に提示していたじゃないか」
二対の瞳に見つめられ、ごくりと喉を鳴らす。
今の今まで曖昧にし続けてきた選択をすべきだと迫られている状況から逃げ出す方法はあるのだろうか。
prev / next