文スト 短編 | ナノ
 君愛/都合のいい雌犬

今日は機嫌が悪いなと思っていた。

仕事中に何かあったのか一人で考え込んでいる太宰の顔はまるで昔のようである。どうして機嫌が悪いのか気になることではあるが、それを聞くようなことはしない。

千尋は自分が口下手だと判っているので、下手に聞くともっと機嫌を損ねてしまう可能性がある。なのでそっとしておいたのだが、太宰から近付いてきた。

「ねェ、抱かせてよ」
「……やだ」

腕を引かれ、太宰が腰掛けているソファーに倒れ込む。何事かと見上げると、にっこりと、わざとらしい笑みを浮かべながら太宰が言った言葉に少しだけ考えて、それから千尋は首を横に振った。

千尋が断られると思わなかったのだろう、太宰は驚いた顔をした後にそれから不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

「は?なんで。他に男でもいるの?」
「なんでそういうことになるの」

突拍子ない言葉に眉間の皺が更に深く刻まれる。
確かに千尋の外見は男を誘うことが多く、組織の中で任される仕事も似たようなものが多い。

だが千尋自身は男の誘いに乗ったことなど一度もないし、過度な接触は避けている。それを太宰も知っているだろうに何故そんなことを言うのか、千尋には理解できなかった。

「じゃあなんで私を拒否するんだい。疚しいことがあるんでしょ」
「そういう訳じゃない」
「浮気してないんならそれを証明してみなよ、ほら」

腕を掴んでいる手を叩き落とす。流石に千尋がそんなことをするとは思っていなかったのか、太宰は驚いたように目を見開いた。

「今の治くんに、抱かれたくない」
「ッなんで」
「私、都合のいい雌犬じゃないの」
「……え」
「そんなに射精したいんなら、外で女でも買ってきたら?」

吐き捨てるように言って、太宰が何も言わないのをいいことに千尋は一人で寝室へと向かう。

太宰に抱かれることが嫌なわけではない。触れられるのは気持ちいいし、何より太宰が自分を愛してくれていると実感することができる。あの甘やかで愛に満たされた空気を太宰の機嫌で壊されたくない。

機嫌が悪いこともあるだろう。何かに八つ当たりをしたいこともあるだろう。しかしだからと言って恋人に言っていい台詞ではない。

そのままシーツの中に潜ってみるが頭の中では先ほどの太宰の言葉がぐるぐると回っている。あの言葉で自分がどれほど傷ついたのか、太宰は判っていない。他の男など、太宰以外の男に肌を許すことなどあり得ないというのに。

ああでも、外で女を買ってきたら、は言い過ぎたかもしれない。もしも本当に外に買いにいってしまったら、その相手を殺してしまうかもしれない。真白のシーツには似合わない、殺意に溢れたことを考えているとキィ、と寝室の扉が開いた。

「……千尋。起きてるかい?」
「…………」
「ごめん。機嫌が悪いからって君に八つ当たりしてしまった」

恐る恐る、といった様子で太宰が声をかけてくる。それに反応することはないが、声色からどんな顔をしているのか容易く想像がついた。しかし千尋が返事をすることはない。シーツを頭まで被ったまま無言を貫いていると、ギシリとベッドが軋む音が耳に届く。

「君に酷いことを言わせてしまってごめん。反省してる、だから……外で女を買えだなんてそんなこと言わないでおくれ」

ベッドに乗ってきた太宰が、千尋がいる膨らみに近づいてきてそっと触れてきた。

本当に反省しているのだろうか。そろりと顔を出すと申し訳なさそうに眉を下げている太宰が此方を見下ろしていて、千尋は深く深く溜息をつく。

「……私、傷ついたんだから」
「うん、ごめん」
「二週間えっち禁止」
「え゛」
「文句ある?」
「ないです……」

人に八つ当たりをしようとしたのだから、これくらいの罰は必要だろう。がっくりと肩を落として項垂れた太宰に思わず笑みを溢してしまった。

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