文スト 短編 | ナノ
 君愛/あけましておめでとう

はあ、と顔をあげて息を吐けばそれは白い気体となって溶けてきえる。
冷たい空気が箒の柄を掴む手を刺して痛いような気がしてきた。とはいえ、普段の仕事から考えると些細な痛みで気にするほどではないが。

さて、掃除の続きをしよう。気合を入れ直し、掃除を再開しようとした安室の耳にからんころんと古めかしい音が届いた。思わずそちらに目をやって、息を飲む。

そこに立っていたのは、振袖姿の千尋だった。白地に大柄の花が舞っている着物を着て、鮮やかな牡丹の髪飾りが黒髪によく似合っている。初詣にでも行くのだろうか。じいっと見つめていると視線に気づいたらしい彼女が安室に目をやった。黒曜石のような瞳と目が合う。

「あけましておめでとうございます、千尋さん」
「おめでとうございます」
「振袖、とても似合いますね。千尋さんにぴったりだ」
「……ありがとうございます」

ぺこり、と千尋がお辞儀をする度に髪飾りが揺れた。想い人の、昔ながらの華やかな着物姿に安室のテンションもどんどん上がっていく。それは安室が──降谷が日本をこよなく愛する人間であるからであろう。それを抜きにしても、着飾った彼女の姿はとても美しいが。

千尋の口元から白い吐息が溢れていくのを見て、安室はひとつ提案する。

「そうだ、時間ありますか?寒いですし、お汁粉でも」
「なぁに、君。新年早々口説いてるのかい?千尋が可愛らしいのはわかるけれど、諦め悪いね」

聞こえてきた、聞き慣れた声に安室の眉間に皺が寄る。千尋しか見ていなかったのが仇となってしまった。

ひょこりと千尋の後ろから顔を出したのは同じく着物姿の太宰で。安室を見てにこやかに笑うがその目は笑っていない。

「こんにちは、太宰さん。姿が見えなかったので、いないのかと思いましたよ。お仕事は大丈夫なんですか?」
「心配してくれなくても休みだよ。だからこうして千尋とたっぷり一緒にいるんじゃないか」

ニコニコ、ニコニコ。表面上は笑って和やかに会話をしてみるが、その節々に見え隠れする嫌味に気づいている人間は一体何人いるのだろうか。

太宰と火花を散らしていると、困ったように眉を下げていた千尋が少しばかり顔を顰めて身じろいでいる。一体どうしたのかと思っていると、千尋が内緒話をするかのようにそっと小声で太宰に言った。

「……帯、きつい」
「初詣が終わるまで我慢だよ。終わったら脱がしてあげるから」
「もう」

ぽ、と頬を赤らめる千尋。途端に二人きりの世界に入り込んでしまった姿を見ながら安室は自身の頬が引き攣るのが判った。

もしやこのやりとりを見せつける為にポアロの前を通ったのでは。そんな安室の考えを肯定するかのように、目があった太宰がにこりと笑った。

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