文スト 短編 | ナノ
 君愛if/おさなごころ

いつも夢を見る。

夢の中の自分は大人で、誰かに好きって言いたいのに言えなくて、辛くて悲しい。
でもどうにかしたくて頑張っていたらその人は何処かに行ってしまって───千尋はいつもそこで目を覚ます。

「おはよう、千尋。朝だよ、起きなさい」
「んん゛……」

シーツの向こう側から聞こえてきた声と共にカーテンが開けられて、布団の外が明るくなったような気がする。
しかし布団から出る気にならなくて、唸りながらもそもそと動いていると溜息が聞こえてきた。

「嫌だ、じゃないでしょう。休みの日だからってだらだらしないの」
「…………」
「仕方ないなァ」

もう一度溜息が聞こえてきたと思ったら突然浮遊感が千尋を襲う。どうやらシーツごと抱き上げられたらしい。
驚いてばたばたと身じろいだからか、頭から被っていたシーツが捲れ自分を抱き上げているその人と目が合った。

「おはよう、千尋」
「……おはよぉ、治くん」

千尋は今、父でも兄でもない人と一緒に暮らしている。



太宰治、それが目の前に座って朝食を口にしている人の名前。太宰と千尋は血が繋がっていない。物心がつく頃には千尋は施設にいて、そこへやって来た太宰が千尋を引き取ってくれた。何の関係もない、全くの赤の他人だというのに。

バターがたっぷり塗られたトーストにかぶりつく。するとじゅわりとバターの風味が口の中に広がって幸せな気分になってきた。

もぐもぐと口を動かしながら千尋は考える。

この生活はとても幸せだ。施設の先生たちも優しかったけれど、他の子供たちもいたのでとびきり甘やかしてくれることはなかったし、ちょっとした我儘を言うことも許されなかった。

しかし太宰は千尋のことを沢山甘やかしてくれるし、千尋が望むことはなんだって叶えてくれる。幸せ、幸せであるのに──どうしてこんなにも不安なのだろう。
いつか置いて行かれる、理由もなくそんなことを考えてしまう。

「今日はどうするんだい?」

柔らかな声で問い掛けられて、ハッとした。
思考の海に沈んでいた意識を太宰に向けると、穏やかな表情で此方を見ていて先程まで胸を覆っていた不安は何処かへと飛んでいく。

口の中に残っていたパンを飲み込んでから千尋は口を開いた。

「今日はね、お友だちのお家で遊ぶの」
「この前言ってた歩美ちゃんかい?」
「ううん、コナンくん」
「…………へぇ?」

つい先日できた新しい友人の名前を口に出すと太宰の声が低くなる。その反応にあ、と思っても既に遅い。
食事の手を止め、じいっと見つめてくる太宰に千尋も動きを止めた。

太宰は千尋が異性と接することを酷く嫌がる。それが友好的であっても気に入らないらしい。

「千尋。浮気は駄目だからね」
「うわき」
「そう、君は私のお嫁さんになるんだから」
「……うん」

太宰の言葉に意味もわからず素直に頷くと「おいで」と言われたので椅子から降りて太宰に近づく。するとそのまま抱き上げられ膝の上へ。
抵抗もせずされるがままにしていると、ぎゅうっと抱き締められた。

『千尋は私のお嫁さんになるんだよ』

引き取られた日から太宰は繰り返しそう口にする。

お嫁さん。
年を重ね、その意味が判ってからも千尋は理由を太宰に問うたことはない。聞いてはいけない、そんな気がして。

「治くん。千尋、千尋ね、治くんのこと、すき」

優しい声で名前で呼ばれるのが好きだ。
寂しい時ぎゅうっと抱き締めてくれるのも好き。

ずっと一緒にいてくれると約束してくれた。
惜しみなく愛を注いでくれる、そんな太宰のことが千尋は大好きだ。

「だから、だからね」

幼い心をなんとか伝えたいが言葉が追いつかない。なんと伝えたらいいのか判らなくなってしまい、溢れる感情のまま自分よりも大きな体にしがみつく。

「大丈夫だよ、千尋。君が嫌だと言っても離してやれない。もう二度と君の手は離さないと決めたんだ」

そう言う太宰の声はいつもより優しかったけれど、少しだけ怖く思った。

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