▼ 太宰/安眠
朝目が覚めて、まず思ったのは「体が動かない」。続いて「重い」。
辛うじて動く首を横に向けると、すやすやと寝息を立てている恋人の顔があって深く溜息をついた。
「太宰くん、朝」
「んん……」
起きて、と声を掛けても唸るだけで瞼が開く気配はない。今日も仕事はある、このままでは遅刻だ。今月で何度目だ、と国木田に怒られるのは避けたい。
「太宰くーん……」
「ぅ……いいじゃないか、まだ寝ていようよぉ」
「よくない。それにまた勝手に入ってきたでしょ」
「だって寒くて……」
寝惚けているのかモゴモゴの反論する姿にまた溜息を零す。そう、眠る前は一人だった。太宰とは恋人同士だが一緒に暮らしてはいない。合鍵は渡しているが、深夜にこっそり侵入する為には渡していないのだ。
「いっそのこと、一緒に暮らしてみる?」
「する」
「起きてるでしょ太宰くん!」
ぽつりと呟いた言葉にはっきりとした返事があって思わず叫んでしまう。
此方を抱き締めている顔を見るとぼんやりとしたものではなく、キラキラと輝いている表情がそこにあった。騙された、と思っても仕方ないだろう。
距離を取ろうと抵抗をしてみるが、先ほどよりも強い力で抱き締められそれは叶わない。
「いやァ嬉しいなァ!まさか君からそう言ってくれるなんて!どこに家を借りようか、あまり社から離れてないところがいいかな」
ワクワクしながら色々と提案してくる太宰。心底嬉しそうな顔にやっぱりやめようなんて口に出すことなど出来ず、溜息をひとつ零す。
「あ、そうだ。寝室は一緒にしようね」
「……仕方ないなぁ」
じゃあとびきり大きな寝台を買おう。毎日シーツを干して、ふかふかのベッドで眠るのだ。
その隣には最愛の人がいて────そんな生活はきっと幸福で満ちているだろう。
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