文スト 短編 | ナノ
 君愛IF/と或る少女と小さくなった名探偵2

「────すみません。警察の者ですが、少しよろしいでしょうか」

聞こえなかったと思ったのか、再び繰り返された言葉に太宰は眉間に皺を寄せ、それからわかりやすく舌打ちを零した。

想いが通じ合い、役ではなく「恋人」となってから知ったことだが太宰は割と二人だけの空間を好む。二人で暮らしている家に対してが特に顕著で、友人である織田や坂口、相棒だった中原でさえ玄関までしか許していないのを思い出しながら、千尋は膝の上にある太宰の頭をそっと撫でた。

「呼ばれてるよ」
「………わかった」

渋々といった様子でベッドから降りた太宰が扉へ向かっていく姿を見ながらぼんやりと考える。警察だと扉の向こう側の人間は言っていたが、何か起きたのだろうか。面倒ごとでなければいいのだが。

「はァ?なんだい、それ。私が人を殺すとでも?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……。事件が起こった以上、捜査にご協力いただけたら……」

不機嫌そうな太宰の声に、年若い男の声。どうやら面倒事が起こってしまったらしい。
生きたくない、来てくださいと押し問答をしている二人に千尋もそっと近づいた。鼠色のスラックスを掴んで軽く引っ張ると、太宰が此方を見た。

「お……修治、くん。行こ」
「君は奥で大人しくしていなさい、いいね」
「おまわりさんが来てって言ってるんなら、行こ」

いつものように治くん、と呼びそうになって慌てて偽名を呼ぶ。今此処にいるのは太宰治ではなく、森コーポレーションの若き社長、津島修治なのだから。
千尋の言葉に警察官らしい青年は晴れやかな表情を見せ、太宰は顔を顰めた。どっちの味方なのだと視線で咎められるが、今の千尋は子供なので知らないふりをする。

例え本当の顔がマフィアのボスだとしても今日は何もしていないのだから、わざわざ痛い腹を探られる必要もない。そんな気持ちをこめてじっと見つめていると、太宰もそれに気付いたのだろう。行こ、と太宰の手を握ると頭上から深い深い溜息が降ってきて、それから「判ったよ」と諦めたような声が聞こえた。



「実はこのホテルで殺人事件が起きましてな」

集められた広いホールに、恰幅のいい刑事の声が響く。今日このホテルにいるのはパーティーの関係者。つまり、この中に犯人がいると言いたいのだろう。

ちらり、と自分と手を繋いでいる太宰を見上げる。包帯だらけの姿は見る人によっては不審者でしかないのかな、なんて千尋が考えていると幾人かが太宰を盗み見てることに気が付いた。千尋が気付いているのだから、太宰はとっくに気付いていることだろう。

視線が集まることには慣れているが、こうにも露骨だと少々嫌になる。

「………治くん、いざとなったら私、駄々を捏ねる」
「おや、それは是非とも見てみたいね。何なら今からどう?」
「では太宰さん、死亡推定時刻に何をしていたのか窺っても?」

順番に話を聞いているようで、傍に寄ってきた警察官の問いに答えていく太宰を眺めていると、ふと警察ってこんな風に大っぴらに話を聞くものだっけと疑問に思った。が、それを口に出さないのは普通の警察官というものを千尋が知らないからである。

接触なんてすることがないし、横浜の街はどちらかというと軍警が顔を出すことが多い。普通の警察は一体何をするんだろうと興味深く思っていると、目の前に誰かがしゃがみ込んだ。
先ほどの、どうにか太宰を部屋から出そうと四苦八苦していた年若い警察官である。

「お嬢ちゃん。何か怪しい人を見たりしたかな」

わざわざ目線を合わせてくれるこの警察官は優しい人なんだろうなあ。そう思いながら千尋は口を開いた。

「してない。千尋、ずっと修治くんといたもん」
「そっかあ。じゃあお部屋以外に何処か行ったりした?」
「ううん、お部屋で……」

恋人らしくイチャイチャしてました、なんて言えず千尋は言葉に詰まった。今の千尋は子供の姿だ、正直に話してしまったら違う罪で太宰が捕まってしまう。ポートマフィアの首領が淫行で捕まってしまいました、なんて恥でしかない。

言葉に詰まってしまった千尋に年若い警察官が疑うような目を太宰に向けたので、適当に言葉を濁してしまえと口を開いたところで刑事の後ろで顔が出てきた。その顔には見覚えがある。確かパーティー会場で千尋に声をかけてきた少年だ。

眼鏡の奥からじいっと見つめてきたと思うと、少年は胡散臭いほどにっこりと笑みを浮かべて千尋に問うてきた。

「大丈夫だよ、何かあってもおまわりさんが助けてくれるから」
「……何かって?」
「例えば……ひどいこととか」

太宰をちらりと盗み見る少年。その目は明らかに不審者を見る目で何となく申し訳なくなった。なのでここはきちんとフォローしておこう。

「そんなこと、ない。修治くん、私のこと大好きだから」
「そ、そうなの?」
「うん」
「千尋」

なんだか困惑している様子の少年に力強く頷いていると名前を呼ばれ、更に体が宙に浮いた。どうやら太宰に持ち上げられたらしい。そのまま抱きかかえられ、太宰の腕の中に収まる。

「お話、終わった?」
「うん、部屋に帰ろうか」
「ちょーーーっと待ったァ!!」

面倒事が終わったのならいいと思ったのも束の間、見知らぬ声があがった。

「警部殿!判りましたよ、犯人が!」
「本当かね毛利くん!」
「ずばり!犯人はあなただ!」
「………はァ?」

びしり!と中年の男に指をさされた太宰の口から零れたのは底冷えするような声。あまり不機嫌にさせないでほしい、その尻拭いをするのは千尋なのだから。

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