文スト 短編 | ナノ
 君愛/素直になれない男

「いい加減にして」

ぱしり、と伸ばしていた手を叩かれて太宰は目を丸くした。振り払われたのだと理解するまで数秒かかり、叩かれた手から千尋へと視線を移す。

目の前にいる彼女はいつもと同じ無表情でありながら、よくよく見てみると怒りが滲んでいる。まさか彼女に、千尋にそんな目を向けられると思わずたじろいでしまった。その間も千尋は眉間に皺を寄せ言い募る。

「彼の何がそんなに気に入らないのか知らないけど、仕事なんだから仕方ないじゃない」
「……ああそう!それなら好きにしたらいい!君がどうなったって知らないから!」

足早にその場から立ち去る千尋の後ろ姿を見送る。すると見知らぬ男が彼女に話し掛けて、そのまま二人肩を並べて歩いて行くものだから、太宰の怒りは爆発してしまった。




「ほんッと可愛げのない女!治くんがいいとか言うんならまだ可愛げがあるのに、よりによって他の男選ぶとか!」

いつものBar。がん、と勢いよくグラスを机に叩きつけると隣で酒を煽っていた織田が不思議そうに首を傾げた。

「太宰は一野辺のことが嫌いじゃないのか」
「勿論嫌いさ!」
「その割には自分を頼ってほしんだな」
「織田作さん。それは」

織田の言葉に一瞬詰まって、それから口を開く。

「……恋人役だからね、私は。彼女に変な噂が立ったら困るだけさ」

そう、それだけ。『恋人』が浮気してるなんて噂が立てば、また太宰に言い寄ってくる女が増えるのでそれを回避する為に余計なことをするなと言っているのだ。
例えあの男と組むことが首領である森からの命令だとしても、千尋はそれを断るべきだった。だというのに、だというのに!

グラスに残った酒を煽って「マスター!おかわり!」なんて声を張り上げた太宰に織田と坂口がそっと溜息をついた。

「素直じゃないな」
「これは暫く無理でしょう」

────他の男となんて行かないで、と素直に言えばいいと太宰が気付くのは一体いつだろうか。

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