文スト 短編 | ナノ
 君愛/異形化しちゃった!

 それは殲滅任務終了後。瓦礫の山の中で生きているのは千尋と太宰だけ。頬についた血と泥を拭いながら深く息を吐いた。
 硝煙の匂いと血生臭さと、それから埃の匂い。ポートマフィアに加入してそれなりに慣れてきたとはいえ、こればっかりは嫌いだ。
「怪我は?」
「ないよ」
「そう」
 短い会話に少しだけ寂しさを抱くのもいつものこと。恋人役とはいえ太宰と甘い雰囲気になったことはない。
 自分よりも先を歩く黒い外套を見ながら千尋はそっと息を吐いた。出会った頃はまだそれなりに仲が良かったと思うのだが、こうなってしまったのはいつからだっけ。また笑ってほしいな、と思っていると──視界の端で何かが揺れた。反射的に其方に目をやって、太宰目掛けて放たれたそれに無意識に体が動く。
「治くん!」
「っ、!」
 攻撃らしきものと太宰の間に己の体を滑り込ませた、その瞬間。言葉にはできない痛みが千尋を襲った。
「ぅ、ぐぅ……」
「千尋!大丈夫かい!?ねぇ!!」
 太宰に覆い被さったまま呻く。背中が痛い。痛いというよりも、熱い。じくじくと熱が広がり、上手く呼吸ができず視界が明滅する。自分たちを襲った誰かを追いかけたくても、あまりの痛みに足が動かない。が、唐突にその痛みが引いた。しかし同時に渇きが広がっていく。体が作り変わろうとしているような、そんな感覚。体の中の、骨が軋む音を聞きながら千尋は意識を手放した。暗転していく瞬間、千尋が見たのは太宰の焦った顔で。
 治くん、そんなかおもできるんだ。
 そんなことを思った。
 
 □

 水滴の音を聞きながら意識が浮上する。瞼を閉じたまま微睡んでいたけれど、自分がいるのはベッドではないことに気が付いて千尋は目を開けた。
「…………ここ、は」
 お風呂?
 タイルの壁。淡い電灯。冷たい水で満たされた浴槽の中に千尋は寝かされていた。どうしてこんなところに。意識を失う前の痛みと渇きはどこかに消え去り、今はとても清々しい。
 いつまでも此処にいる訳にはいかないので、浴槽から出ようとして──千尋は己の下半身が魚になっていることに気が付いた。そこでパニックにならなかったのは、それがどこか現実味がなかったからだろうか。水の中で揺蕩う下半身は薄い青色で、尾鰭の先が片方欠けている。元々右足が半分ないからかな、なんて考えたのは恐らく現実逃避だろう。
 なんて考えていると浴室の扉が躊躇なく開いた。
「おはよう、気分はどうだい?」
「……治くん。これ、どういうこと?」
 顔を出したのは太宰だった。いつもの黒いジャケットは脱いで、ワイシャツだけになっている彼が中へ入ってくる。
 自分が意識を失った後、何が起こったのかと問うたが、太宰は肩をすくめるだけだった。
「詳しいことは私にもさっぱり。ただわかるのは、それが異能力の所為だってことくらいさ」
「そう、なの」
 太宰にみっともない姿を見せたくなくて、浴槽の中に少しだけ体を沈める。あの時意識を失わなければ、下手人を捕らえることができたのに。
 一人落ち込んでいると、浴槽の外から手が──太宰の手が伸びてきて、千尋の頬を撫でた。
「矢張り異能力者本人をどうにかしなければ駄目なようだね」
「……ごめん」
「千尋が謝るようなことじゃないでしょう。……君が私を庇った結果なんだから」
 頬を優しく撫でられる。いつもの、人よりも低い体温が妙に熱くて、けれど心地よくて。思わず擦り寄ると、太宰の動きがぴたりと止まった。どうかしたのだろうか、そろりと顔を上げると太宰は露わになっている片目で千尋のことを凝視している。それがなんだか居心地が悪くて、でも嬉しくてそのままでいると不意に着信を告げる音が鳴り響き我に返った。
「任務の報告、とか」
「私がしておくから気にしなくてもいいよ」
「……此処、どこ?」
「私のセーフハウスの一つ」
 何度も繰り返し鳴っている着信音が煩わしくなったのか、立ち上がった太宰のシャツの裾を思わず掴んでしまった。「どうしたの」、と太宰が問うてきてその声はいつもよりも優しいものだが、千尋はそれに気づくことはない。
「その、私戻れるの」
「……大丈夫さ。部下に調べさせているから、犯人が見つかるのも時間の問題だろうね」
「そう……」
 太宰が言うのならきっとそうなのだろう。だからほ、と息を吐いた千尋に太宰は続ける。
「それまで私がちゃんとお世話してあげるから安心していいよ」
「……え?」
 嬉しそうな声に顔を上げると、声色と同じように嬉しそうな顔をした太宰が千尋を見ていた。爛々と輝く瞳に少しだけ背筋が震える。嫌な予感で。
「昔を思い出すね。ほら、君が姐さんに拾われたばかりの頃は私がお世話して上げたでしょう?」
「う、うん」
 太宰の言葉に頷く。確かに、片足を失い尾崎に拾われてばかりの頃、義足に慣れる暫くの間太宰に面倒を見てもらっていた。だがその時も此処まで楽しげではなかったような。
 一体何が太宰の琴線に触れたのだろうか。
「あ、そうだ!折角だし千尋が入れるくらい大きな水槽でも用意させようかな。君もずっとそこにいるのはつまらないだろうし」
 嬉々として語る太宰が、くるり、くるりと指先で千尋の髪を弄る。本当に元に戻す気があるのかと心配になってしまったのは仕方ないことだろう。

prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -