文スト 短編 | ナノ
 ゴーゴリ/平穏の象徴

血と鉄の匂いとは程遠い、のどかな街。その片隅に想い人は暮らしている。
慣れた足取りで向かうのはこじんまりとした家。丁寧に手入れがされている生垣から中を見ると、愛しい彼女が庭先に置かれた椅子に腰かけている。たったそれだけで心が温かいもので満たされるものだから恋とは恐ろしいものだ。
普段の自分から考えると眩しすぎるそれに苦笑いを浮かべつつ、ゴーゴリは生垣から彼女へ声をかける。

「やあ、こんにちは!」
「こんにちは、ゴーゴリさん。今日は随分とご機嫌ですね」
「会えないと思っていた君に会えたからね、そりゃあ私の心も浮き立つものさ!」

嘘である。彼女に会う為だけにこの街へと通っているのだ。「友人」にはそこまでするのなら拐ってしまえばいいのに、と言われてしまったが、ゴーゴリが恋をしているのは穏やかな生活の中で優しく笑う彼女なのでそんなことをするつもりはない。彼女と想いが通じ合って全てを受け入れてくれるなら、共に行くのも吝かでないけれど。

彼女に許可を取って庭へと入る。盲目の彼女が一人で暮らしている家はいつも綺麗に片付いており、それは庭も例外ではない。
近所の人が生活を手伝ってくれるの、といつの日か彼女が言っていたのを思い出して少しだけ嫉妬心を抱く。だがそれを口に出すことはなく、ゴーゴリは彼女の傍へと寄る。柔らかな石鹸の匂いに安堵しながら隣に腰かけ、彼女と談笑をする。穏やかな時間は自分には似合わないと思うが、こうして言葉を交わす時間を手放すのは惜しい。

「ああそうだ、君にこれを」
「お花、ですか」

彼女の膝に懐から取り出した花をそっと置く。手触りで何なのか理解したらしく、彼女が首を傾げる。

「これは薔薇と言ってね、君に渡したくて持ってきたんだ。受け取ってくれるかい?」
「それは勿論……………ゴーゴリさん?」
「君に伝えたいことがずっとあったんだ」

柔らかな手をそっと握り締め、目と目を合わせた。彼女の瞳の焦点はあっていないけれどゴーゴリは真っ直ぐ彼女を見つめる。

「────僕と結婚してください」

沈黙。彼女は何も言わない。だがきちんと返事が聞きたくて、その口が開くのをじっと待つ。
遠くから聞こえる喧騒、小鳥の囀り、草木が揺れる音。どれほどそうしていたか判らないが然程長くない沈黙の後、漸く彼女が口を開いた。

「…………私、目が見えません」
「私が君の目になるとも!」
「世間知らずだし、」
「判らないことは教えてあげるさ!」

俯く彼女の不安を一つずつ潰していく。それらは全て些細なことで、気にすることなど何もない。だが彼女には笑って領いてほしいのでゴーゴリは丁寧に答える。

「……貴方の足手纏いになるかも」
「なら君を抱えて歩いていこう。こう見えて鍛えているからね」
「本当に、私でいいんですか」
「君がいいんだよ」

他の誰でもない彼女だからこそ恋をしたのだ。だからどうかなんの心配もなくこの手を取ってほしい。
言いきるとおずおずと手を握り返してくれたので、ゴーゴリは優しく彼女を抱き締めた。

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