▼ 君愛/りんごあめ
カランコロン。カランコロン。
隣から聞こえてくる下駄の音に視線を下に向けると、りんご飴を食べている口元が目に入って太宰はこくりと喉を鳴らした。湧き上がった欲求を誤魔化すように握っていた手に力をこめる。
「……どうしたの?」
「いや、別に」
不思議そうに見上げて来た千尋に笑って答えれば、それ以上追求してくることもせず千尋は食べていたりんご飴に口をつける。
橙色の明かりに照らされた横顔がなんだか色っぽくて、じっと見つめていると「見すぎ」と苦言が飛んできた。
「だってとても美味しそうで」
「治くんも、食べる?」
「私はいいから千尋が食べなよ。食べきれないなら食べてあげよう!」
差し出されたりんご飴。それよりも君が食べたいと口にしたら怒られるだろうか。
カランコロン。カランコロン。
下駄の音。黒地の金魚が泳ぐ浴衣がひらり、ひらりと揺れる。近くで夏祭りがあるから行こうと誘ったのは太宰だけれど、まさか浴衣で来てくれるとは思ってもいなかった。
丁寧に整えられた髪の合間から見える白い項をぼんやりと眺めていると、治くん、と手を引かれる。
「花火だって」
「見に行くかい?」
「うん」
判りにくいがはしゃいでいる様子の千尋に思わず口角があがる。太宰の手を引いて急かしてくる彼女の名前を呼べば、これまた不思議そうな顔で首を傾げるので──赤く色付いた唇にそっとキスを落とした。
「…………誰か見てるかもしれないのに」
「見せつけてやればいいじゃないか」
重ねた唇にとても甘くて、このまま全て貪ってしまいたいと思ったのはここだけの話。
prev / next