文スト 短編 | ナノ
 君愛/ホワイトデー

言い訳をしよう。ここ最近仕事が忙しかったのだ。任務で彼方此方行かねばならず、自宅ではなくホテルに泊まることもあり帰宅する時間が殆どなかった。漸く任務が終わり、帰宅出来たと思えば報告やら何やらで太宰を構うこともできない。
それに太宰が不満を持っていることなど少し考えれば判ることだが、疲れきっていた千尋の頭はそこまで回らず目の前にある仕事を片付けようと只管キーボードを叩く。突き刺さるような視線に答えてやりたいが、報告が遅れると面倒なのは太宰も知っていることだろう。
だから、と放っておいたのがいけなかったのかもしれない。

「ねぇねぇ、千尋」
「うん」

リビングのソファーに腰かけ、パソコンと睨めっこをしていた千尋の隣に太宰が座る。ふわりと香るシャンプーの匂いに、自分もシャワーだけでも浴びたいなとぼんやりと思った。

「君に渡すホワイトデーのお返しなんだけど」
「うん」

ホワイトデー。ああ、もうそんな時期か。忙しすぎてすっかり忘れていた。バレンタインはなんとか手作りチョコを渡すことが出来たけれど、太宰は何をくれるのだろうか。少しだけ先が楽しみになる。

「君に似合うものを贈りたくて色々考えてね」
「うん」

太宰のことだ、きっとセンスのいいものを贈ってくれるだろう。去年は何だったっけと考えて、そういえば不埒なことだったなと意識を逸らす。思い出さないようにしよう。

「折角だから首輪にしたのだけどいいよね?」
「うん…………うん?」

おざなりにしていた返事に疑問符がつく。キーボードを打っていた手を止めて、隣にいる太宰を見ればキラキラと子供のように目を輝かせている姿があった。
その手には、何かの包み紙。きっとあれがホワイトデーのお返しなんだろうな、と考えて今の太宰の発言を思い出す。
………首輪?首輪!?いや流石に冗談だろう。そう信じたい。

「有り難う!苦労して選んだ甲斐があったよ!」
「待って」

嬉々としながら太宰が取り出したのは本当に首輪だった。チョーカーだとかそういう類のものではなく、ペットショップで売っていそうなしっかりとした作りの首輪だ。黒革のそれが、千尋の目の前につきつけられている。驚愕している千尋を他所に太宰は「赤もいいかなって思ったんだけど、千尋の肌は白いし黒が似合うと思って」と一人で盛り上がっている。………冗談の類ではないようだ。

丁寧にもドッグタグがつけられており、タグには千尋の名前が刻印されている。自分より頭上にある太宰の顔を恐る恐る見上げて──妙に据わった目をしている太宰と目が合った。

「今うんって返事したじゃない。勿論つけてくれるよね?」
「…………あれは、違う」
「違うって何が。私からのお返し、受け取ってくれないのかい?私、寂しい思いをしながら君のことを待っていたのだけど」

それを云われると何も反論できなくなる。仕事ばかりで全く家に帰って来ず、帰って来たと思えばずっと仕事をしている。千尋と太宰の立場が逆だとしたら、そんなの。
いやしかし、だからといって首輪をつける訳にはいかない。寂しい思いをさせてしまったからといって人間としての尊厳は失いたくないのだ。これがただチョーカーにタグがついていて首輪みたいだね、と言われるならまだしも流石に、流石に。

千尋の葛藤に気付いていないのか気付いているのか(恐らく後者である)、太宰は千尋の顔を上に向けさせるとこつりと額と額を合わせる。至近距離で見る太宰の瞳はとろりと蕩けていて、なんだか気恥ずかしくてそっと目を逸らした。

「ね、家の中でつけるだけでいいから。お願い」
「………………その、……家の中だけなら、」
「有り難う!」

嬉しそうに笑う太宰に敵わないなぁと小さく溜息をつく。拗らせた恋心というものは厄介で、「お願い」されてしまったら聞いてしまうのはそれの所為だ。
……まぁ今回は放っておいた自分が悪いのだし、と千尋が考えていると目を輝かせた太宰がまた何やら取り出した。

「じゃあこれも!」
「流石にそれは嫌」

リードは勘弁してほしい。

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