▼ 君愛/平行世界からの来客
違和感を抱いたのは朝起きた時。何も言葉にしない太宰に突然腕を引かれ、気付けばその腕の中にいた。
何かあったのだろうか。そう思うが纏う雰囲気がいつもと違い過ぎて聞くことが出来ない。
黙り込んだまま千尋を抱き締めている太宰はまるでマフィアであった頃のような雰囲気を纏っているというのに、迷子の子供のようでもあって。千尋はただただ黙って抱き締められることしか出来ない。
「……」
「……どうしたの、治くん」
しかしこのまま太宰の好きにさせておくことは出来ない。だって今日は平日で、太宰は休みだと云っていたが千尋は学校があるのだ。
どうにか腕の中から出ようと身じろぐが強く抱き締められている所為でそれは叶わない。この状況をどうするか、と考えている時だった。ずっと黙り込んでいた太宰が漸く口を開いた。
「狡いなァ、「私」は。こんなに近くに君を置いて」
のろのろと顔を上げた太宰が千尋の頬へとそっと手を伸ばしてきた。その手つきはいつもよりも数段優しくて、千尋は瞬きを一つ二つ。どうしてそんなに他人事のように云うのだろう。千尋の目に映る太宰はいつもと───雰囲気は少しばかり違うけれど、変わらないというのに。
よく判らなくなって何を云えば迷ってしまうけれど、此方を見る太宰の目がゆらゆらと揺れて色んな感情を語るものだから、千尋は手を伸ばして自分よりも高い位置にある太宰の頭を引き寄せた。
「此処にいるよ」
少し癖のある髪を撫でながら太宰の頭を抱え込む。とくり、とくりと脈打つ鼓動の音が太宰に聞こえているだろうか。
「私は此処だから。…だからそんな、悲しい顔しないで」
「……うん。うん、」
何度も何度も頷く太宰が本当に子供のようで千尋は思わず笑みを零してしまった。
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