文スト 短編 | ナノ
 太宰/繰り返す

ゆっくりと意識が浮上していく。ぼやけた視界で最初に映ったのは白い天井。鼻腔を擽る消毒液の匂いで此処が医務室だと認識する。

身じろぐと体の節々が痛んで、太宰は何故自分が此処にいるのかを思い出した。確か殲滅任務に出て指示を飛ばしていたが、敵組織が最後の足掻きとばかりに拠点を爆発させそれに巻き込まれてしまったのだ。
ずきずきと痛みを訴える頭のまま起き上がろうとした太宰を制したのは、突如視界に現れた少女だった。

「太宰くん、大丈夫?」

心配そうに眉を下げて此方を覗き込む見知らぬ少女。

「君、だれ?」
「え、」

そう問うた太宰に少女が見せた悲し気な顔が、脳裏から離れない。




「………うん。経過は順調だね」

真新しい包帯を巻きつけながら優しい微笑みを浮かべる森。それから目を逸らして、視線を下へとさげた。
確かに爆破で負った傷は粗方治ったが。

「記憶は戻ったかい?」
「………いいえ、全然ですね」
「そうかい……」

困ったような声が頭上から降り注ぐ。
記憶喪失と云っても殆どのことを覚えているので日常生活に支障はない。
ただ────あの少女のことが思い出せないだけで。

「ねェ、森さん。あの子ってさ、私にとってどんな子だったの?」

そう、森に問うたのは気紛れである。誰だと聞いた時彼女は悲しい顔をして、それから何も云わず太宰の傍から離れていった。
彼女のことなど何も知らないのに、離れていく姿を見ると酷く腹が立った。彼女がどこに行こうとも太宰には関係ないというのに。
胸の奥深くで渦巻く感情の名を知りたくて、森に彼女のことを聞いたというのに森は面白そうに笑うだけで教えてはくれない。

「それは私の口からは説明できないねェ。自分の目で確かめてみなさい」

そう云われ、医務室を追い出されてしまった。
意味が判らない。確かめてみろ、だなんて森は簡単に云うけれどそれが出来ていないから聞いているというのに。

不貞腐れながら自分の執務室へと戻ろうとしている太宰の前方から、笑い声が聞こえてきて太宰は其方に視線を向けた。そして其処に大嫌いな相棒と彼女がいるのが見えて、太宰の機嫌ががくんと下がった。
自分はこんなにも思い悩んでいるのに何呑気に笑っているんだ、と八つ当たりに近い感情を抱きつつ彼女らを見て────息を飲む。

太宰の目に映ったのは、楽し気に笑う彼女の姿だった。

「それでね……」

くすくす、くすくす。何が楽しいのかニコニコと笑っている彼女から目が離せない。と、同時に何とも言えない感情が湧き上がってきた。
胸の奥で渦巻く感情がもどかしいような、腹立たしいような。
声をかけることも出来ず、立ち尽くす太宰の目の前で二人は別れ、彼女が此方へとやってきた。

「あ、太宰くん!怪我大丈夫?」

太宰の姿を見つけた彼女が、心配そうに眉を下げる。そして一定の距離を開けて太宰には近づこうとしない。
それが壁を作られているようで腹立たしくなった。
なんで、どうして、そんなに離れてるの?もっと近づいてよ。

「………私にも、笑ってよ」
「え?」

気付けば彼女に向かってそう口にしていた。
困惑している彼女に一歩近づいて、その柔らかな体を抱き締める。鼻先を掠める甘い匂いを何故か懐かしいと思ってしまった。

「中也に笑いかけてたみたいに、私にも笑って」
「………ふふふ、」

太宰の言葉に彼女が笑みを零す。そっと顔を覗き込めば、彼女は満面の笑みを浮かべていて。自分が見たかったのはこの笑みだと、胸に温かなものが溢れた。
この感情、は。

「太宰くんてば記憶喪失になっても同じこと云うんだね」

しょうがないなぁ、と笑う彼女に太宰の瞳からぽろりと涙が零れた。
この感情の名はきっと。

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