文スト 短編 | ナノ
 君愛IF/ねえさん

二度目の生は酷く平和だった。
マフィアも異能力もなく、武装探偵社もない。平和であるのもいいけれど、矢張り退屈だというのは否めない。また自ら命を断つか、と幼子には相応しくないことをぼんやりと考えていた時だった。
────太宰の生に、彼女が再び現れたのは。

『治。今日からこの子がお前のお姉ちゃんだよ』

そう云って両親が紹介してくれたのが、千尋だった。
孤児院から引き取られた彼女にヨコハマの記憶はなかったけれどそれでも良かった。傍にいてくれるのなら、手放さないで済むのなら。

『治くんは、私が守るからね』

両親の葬儀があったのは、とても寒い日だった。しとしとと雨が地面を濡らす。
まだ未成年である自分たちをどうするのか押し付け合う親族たちを他所に、千尋は優しく笑いながら太宰の体を抱き締めた。若しも自分がもっともっと大きくて、あの頃のように自由に動けるのなら彼女に不自由なんてさせなかったのに。ああでも、これで「邪魔者」は誰もいない。
姉さん、と悲嘆に濡れた声を絞り出しながら彼女に抱き着く。柔らかな肉、温かな肌、鼻孔を擽る優しい匂い。千尋の目には義姉に縋りつく可哀想な義弟にしか映っていないことだろう。その胸に顔を埋めながら太宰は歪な笑みを浮かべていたというのに。



あれから数年。帝丹高校の制服に身を包んだ太宰は見慣れた玄関を開け中へと入る。
「ただいま」、と声をかけると奥から「おかえり」と声が返ってくる。そんな些細なことでも、毎日繰り返していることでも嬉しくなってしまうのだから恋とは凄いものだ。

「すぐご飯出来るからね」
「………うん」

キッチンに立って、太宰を視界に入れると緩く笑む千尋。
鼻孔を擽る料理の良い匂いと穏やかな雰囲気に胸がどきりと高鳴った。まるで新婚みたいだと云えば、家族じゃないと千尋は笑うのだろう。血が繋がっていないとはいえ自分の弟がそういう目を向けてきているとは露とも思っていないのだろう。
可愛いなあ、幸せだなあ。だらしくなく頬を緩める太宰だったが次の言葉に凍り付く。


「今日ね、安室さんに美味しいパスタの作り方教えてもらったの」

治くんにも食べてあげるからね、と穏やかに笑う千尋だが太宰の心には嵐が巻き起こっていた。
二人きりの家で他の男────しかも太宰が敵視している男の名前を口にするなんて。ふつふつと湧き上がる怒りを押し込み、そっとキッチンに向かうと千尋を後ろから抱き締めた。

「危ないよ」
「姉さんは彼奴が好きなの?」
「…彼奴?」
「……安室とかいうやつ」

嫌々その名前を口にしたことが判ったのだろう。千尋はくすりと笑みを零し、くるりと向きを変えると真正面から太宰を抱き締めた。

「安室さんは仕事仲間だよ」
「本当に?私と彼奴ならどっちの方が好き?私だよね?」
「治くんは心配性だなァ」

柔らかく笑みを零す千尋。下から伸びてきた手が優しく頭を撫でてくれる。
その目は優しく太宰のことを愛してくれるのはよく判るが、太宰が求めているのはその愛ではない。
愛して愛して、ただただ自分のことだけを愛してほしい。自分だけを見てほしい。言葉を交わさないでほしい。
彼女への恋慕を自覚したあの時から、太宰は千尋のことしか見ていないのだから。

「……お願いだから、私以外のものにならないで」

聞こえないように吐息混じりに囁く。
今は「弟」でいい。いつか「男」として見てもらえるのなら。
だからそれまで、彼女が他の誰かのものになりませんようにと信じていない神に祈ってみた。

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