文スト 短編 | ナノ
 君愛/運命の分かれ道

ピンポーン、と来客を知らせる呼び鈴が鳴る。幾度も幾度も鳴らされるそれに緊急かと思い、急いで玄関を開けるとそこには見慣れた黒い外套を脱いだ太宰が立っていた。いつも頑なに隠されていた右目は露わになっていて、何かあったのかと千尋が問うても太宰は黙り込んだままだ。

「君の顔が、見たくなって」

長い沈黙の後、ぽつりと呟かれた言葉に胸が高鳴る。いつもこうやって期待しては落胆する、というのを繰り返しているけれど矢張りそういう言葉をかけられると嬉しくなってしまうのは恋をしているからなのか。
太宰の言葉に薄っすらを頬を赤らめ、そして普段とは様子が違うことに気が付く。

「治くん。よかったら、中に」
「いや、いいよ」

ずっと立ち話をするのも、と言うが太宰はそれを拒否する。いよいよもって様子がおかしい。そもそも緊急でもないのに太宰が千尋の家を訪れるなんて今まで無かった。
──なんだか、遠くに行ってしまうような気がして、千尋は思わず太宰に手を伸ばす。

「組織を抜けようと思うんだ」

もう少しで触れる、というところで太宰がそう言った。
組織を抜ける。つまり、ポートマフィアを裏切ると。太宰は五大幹部の一人で、千尋も知らないような機密を幾つも知っている。今までの裏切り者とは比べものにならない程の追っ手に追われることなど容易に想像できるだろうに、太宰はその道を選ぶという。
ならば。

「…そう。気を付けてね」
「……止めないのかい?」
「うん」

驚いている太宰に一つ頷く。
好きに生きたらいいのだ。居場所が此処ではないと気が付いたのなら、此処ではない何処かで自由に生きてほしい。
大好きな人が幸せであるのなら、それでいいのだ。

「千尋も一緒に行こう」
「え、」

思わぬ誘いに目を丸くする。今、太宰は何と言ったのか。
「君が姐さんに恩義を抱いてることも、中也を慕ってることも知ってる。それを──全部捨ててでも、来てほしい」
太宰の大きな手が、冷たくなっている千尋の手を握る。ぎゅう、と力を込められると同時に太宰に云われたことを理解して、頬に熱が集まるのが判った。思わず下げていた視線を上にあげると、真っすぐに千尋を見ている太宰と目が合う。ああもう、そんな目で見られてしまったら。

「……、いいよ。行こう」
「本当に、いいのかい?」

驚いたように太宰が云う。誘ったのは太宰だというのに、何故そんなにも驚くのか。

「私も、治くんといたいから」
「……そっか」

月明かりしかない暗闇でも太宰の耳が赤く染まっているのが見えて、思わず笑みを零してしまった。
これから色々と大変だろうけど、それでも愛しい人と一緒にいられるのなら、なんだって耐えられる。

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