文スト 短編 | ナノ
 太宰/たっぷりの甘さを

ふらふらと覚束ない足取りでなんとか帰宅する。
今日も深夜の帰宅。ここ最近残業が続いていて、かなりしんどいというのが本音である。鞄の中を適当に漁り鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだところで──鍵が開いていることに気が付いた。

はて、朝仕事に行く時にはきちんと閉めた筈だが。……もしや、空き巣?
頭に浮かんだ言葉に、思考が恐怖一色で染まる。もし、そうだとしたら。思い浮かべるのは恋人の姿。携帯で連絡を、と考えた辺りで今の時刻に目がいった。
こんな時間に連絡しても迷惑ではないだろうか。否、優しい恋人のことだ。連絡しても決して怒らず、いつものように優しい声で何があったのか聞いてくれるだろう。だが、それをするのは憚れた。

私だってもう社会人なのだ。これくらい、一人で解決しなきゃ。
震える手でドアノブを捻り、いつでも連絡できるように携帯を握りしめ恐る恐る扉を開けて────

「おかえり。遅かったね」

出迎えてくれた恋人の顔と、橙色の光にほっと息を吐いた。
玄関の外で空き巣なのかと疑われていたことなどつゆ知らず、恋人は甘く微笑みかけてくれる。それに若干の罪悪感を抱きながら、そっと彼に抱き着いた。

「…どうしたんだい。今日は随分と甘えん坊だね」
「ちょっと、疲れて」

自分よりも逞しい胸板に頬ずりを一つ。鼻腔を満たす彼の匂いにゆっくりと体から力が抜けていく。
ずるずると彼に凭れ掛かりながら疲れた、と零すと彼は目を輝かせながら私の体を抱き上げ、それから横抱きにするとそのまま足を中へと進める。

「うんうん、いいとも!今日は太宰さんがたっぷりと甘やかしてあげよう!」

リビングに入って、ソファーに腰掛けて、まるで子供をあやすように頭を撫でてくれる手を享受する。
顔を上げて頭上にある彼の顔を見てみれば、その瞳は優しい色を湛えていて。胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられた。

「君が頑張っているのはよぉく知ってるからね。大丈夫、私が見ているよ」
「……うん、ありがと」

その言葉だけで、明日も頑張ろうかなって思う自分は存外単純だ。

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