文スト 短編 | ナノ
 狐太宰/理由など必要ない

「明日もおいでね」

当然のことのように放たれた言葉に眉を下げてしまう。
近所の神社に住むこの狐の物の怪に何故か気に入られてから毎日のように神社を訪れているのだが、明日はそうはいかない。明日は友人との約束があるのだ。
幼い頃からこの神社に通い詰めている所為でろくに友人が出来なかった私にとって、こんな自分と仲良くしてくれる友人はとても大切な存在だ。そんな彼女が映画を見に行かないか、と誘ってくれたのだ。
だから行けません、と口にしたのだけれど、その瞬間辺りの気温が下がった。気のせいではなく、確かに下がっている。

「なぁに?今、なんと云ったの?」

此方を見下ろす双眸は冷ややかで、普段の瞳とはかけ離れた温度に震えが止まらない。
なにか、何か言わなければ。けれども歯の根は合わず、がちがちと音を立てるだけで何も言葉にはならない。

「ううん、そうだね。最近の君は随分と可愛くなったのだけど…それが他の、しかも人間が理由っていうのは気に入らない」

彼女に言われて手入れを始めた黒髪を、物の怪が掴む。
一体何をされるのだろう、痛いのは嫌だ、逃げたい。
ぐるぐると支離滅裂な思考が頭の中を巡って、聞こえてきたのはザクリ、と何かを切る音だった。
途端に頭が軽くなって、はらり、はらりと毛先が地面に落ちていく。

「今日はこれで許してあげる。けれどももう──次はないよ」

目を細めながら投げかけられた言葉の裏に隠されたものを感じ取り、必死で頭を縦に振る。もしも自分が此処で彼の機嫌を損ねてしまえば、彼女にも害が及ぶかもしれない。それだけは嫌だった。

「いいこ」

機嫌よさげに狐の尾が揺れた。

prev / next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -