文スト 短編 | ナノ
 中也/壊れてしまったあのひと

「許さねェぞ」、と彼が云った。殴られた衝撃からかクラクラと眩暈がする。けれどそんなことも気にせず彼に胸倉を掴まれてしまった。普段の彼は間違ってもこんなことしないが、今日は虫の居所が悪いらしい。

「俺以外を見るンじゃねェよ」
「……中也さん」

彼の、空のような瞳がめらめらと燃えているのを見てそっと名前を呼ぶ。嫉妬深い彼は割と勘違いをしやすいので、それを正してやる必要があるのだ。
胸倉を掴まれているせいで呼吸しにくい喉を抉じ開けて、彼が安心するように笑みを浮かべながら口を開いた。

「私、中也さんしか見てないですよ」
「……俺の知らねェ奴と話してただろ、」
「あれは同僚です。中也さんとの約束通り、一分以上話してないですよ」
「…………」

胸倉を掴んでいた手がゆっくりと離れていく。そのまま強く抱き締められて骨が軋んでしまうけど、痛くても声を上げてはいけない。そうすると彼が「俺を愛してねェのか」なんて言い出しかねないから。

落ち着かせるように背中をゆっくり撫でてやる。まるで幼い子供を相手にしているようだ、なんて思ってしまっても口角が上がった。恋人というには少々歪なこの関係は、傍から見ればどんな風に見えるのだろう。
そんなことをぼんやりと考えていたからか、それを咎めるようにがぶりと首筋を噛まれてしまった。

「なァ、何考えてる?俺が目の前にいるのに俺以外のこと考えてンのか」

どこまでも澄んでいた筈の青い瞳がどろどろと濁っていく。男らしい指先がそっと目の下を撫でる。壊れ物に触れるかのように優しい触り方だというのに恐ろしく思うのは彼が纏う雰囲気だろうか。

「俺以外、全部捨ててくれよ。俺がいりゃあそれでいいだろ?」

彼が歪に笑う。恐怖で震えてしまいそうなのを、唇を噛んで耐えた。

「お前もそう思うよなァ?」

一体いつから、壊れてしまったんだろう。

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