文スト 短編 | ナノ
 太宰/どうか幸せになって

やっと見つけたと思った。やっと、やっと会えた。何もかもを置いて逝ってしまった、大切なひと。
幾度生を繰り返しただろうか。幾度死を受け入れただろうか。何度目かの生で、漸く愛しいひとを見つけた。

嬉しくて嬉しくて────私のことを覚えていないかもしれないなんて可能性が頭から抜け落ちていた。

「君、誰だい?」

思わず掴んだ腕。治くん、と弾んだ声で話し掛けて。屹度驚いた顔をした後に「久しぶりだね」って笑ってくれると思っていたのに、返ってきたのは見知らぬ人間を見る冷たい瞳と「知らない」という冷たい言葉だった。

「私は君のことなど知らないよ」

手を振り払われる。此方を一瞥することもなく歩いていく姿を唖然としながら見つめることしか出来ない。

胸が締め付けられて苦しくて、声を上げて泣き叫びたいのをぐっと堪える。
私、私ね、言いたいことが沢山あった。なんで置いて逝ったの、なんで何も言ってくれなかったの。全部ぶつけて、それでも好きよって伝えたかった。

────だけど今の彼に私はいらない、から。

「…………、幸せになってね、治くん」

それが精一杯の強がりだった。



立ち去る彼女を見送る。泣きそうになりながらもそれを堪え、此方を見ないようにしながら足早に去っていくその背中に声をかけて柔らかな体を抱き締めてしまいたい。
君のことが好きだと伝えて、置いて逝って御免と、もう二度と離さないと────そう言葉に出来たらどれほど幸せだろうか。

「……君のことなどもうわすれたよ。だから君も、私を忘れて」

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