朝は迷う


ちゅ、ちゅっと何度も啄むように唇に触れるそれ。

この行為がどういうものか、陸の文化に疎くてもわかる。これはキスだ。相手のからだに唇で触れて愛情や敬意を示す行為。海に住む人魚だってキスをして愛情表現をすることはあるし、父や母にされたことだってしたことだってある。けれど家族以外の誰かとキスをするなんて初めてでクリスの思考は混乱の渦に叩き落された。

「ま、まれうす、待って」
「うん?どうした」

待って、と言えば薄く笑みを浮かべながらも素直に待ってくれるマレウス。けれどキスの雨が止むことはない。

やめろって言ってるのに!と内心憤りを抱くがそれを言葉にする前にまたキスをされて。文句のひとつでも言ってやろうと薄く開いた唇の隙間から自分のものではないぬるりとしたものが入ってきた。

「んんん!!」

口内を好き勝手に荒らす長い舌に背筋がぞわぞわと粟立つ。気持ち悪いだとか嫌悪感だとかそんな感情はわかないけれど、けれど、けれど、!

────溺れる!

口を塞がれている所為でどうやって呼吸をしたらいいのかわからない。人間はこういう時どうやって呼吸をしているんだろうか。陸にいる筈なのに溺れるなんて、酸欠からかクリスはそんなことをぼんやりと考える。くたりと体から力が抜けてしまい、マレウスの腕の中から逃れようなんて気も起きない。

「クリス」
「っ、」

名前を呼ばれて、反射的にマレウスの顔を見て────息を飲む。

ペリドット色の瞳が真っ直ぐ此方を見ていて、目を逸らしたくなる。でもそれは許されていない。目を逸らしてはいけないのだ。そう本能的に思った。
そのままじいっと見つめていると、ゆっくりと地面に降ろされる。長い時間浮いていた訳ではないのになんだか地面を踏みしめるのが久しぶりのように感じてしまう。

「お前は本当に可愛らしいな」
「……なんで急にこんなことするんだよ。キ、キスは家族か恋人にしかしちゃ駄目なんだぞ!」
「愛らしいと思ったからだが」

真っ直ぐな言葉に何も言えなくなる。愛らしい、とは。想い人にそんなことを言われて嬉しくない訳がない。しかしマレウスがどんな意図をもってこんなことをしてきたのかわからないのだから、ただただ不思議なだけだ。クリスが困惑していることに気が付いたのか、マレウスはペリドットを三日月の形に細めると形のいい唇で言葉を紡ぐ。

「お前は僕のことが嫌いか?」
「嫌いじゃ……ないけど……」

マレウスの問いに口ごもる。嫌いではない。寧ろ好きだ。

けれどその想いは蓋をしてなかったことにしたのだから、もう遅いのに。なのに。じわり、じわりと頬が熱くなっていく。赤みを帯びていく頬を見られたくなくて俯いていると頭上からくつくつと喉を鳴らすような笑い声が聞こえてきた。

「僕もお前を好いているし、問題はないな」
「いやいやいや!駄目だろ!!」
「……何故だ」
「ええっと、その」

マレウスの言葉を弾かれるように否定する。と、すぐさま不機嫌そうな声が聞こえてきてクリスは言葉に詰まってしまう。恐る恐る表情を窺うと眉間に皺を寄せ、口角も下がっている。一目見て不機嫌だとわかる態度になんと言えば納得してもらえるのかわからなくなった。

好きだけど身分差が、とか、種族が違うしそもそも男同士だし、だとか色んな言葉が頭の中に浮かんでは泡のように消えてく。

「と、とにかく!駄目だから!!」

どうしたらいいのかわからなくなって、クリスはそんな言葉を言い捨ててその場を走り去る。ああもう、どうしよう。思考が爆発してしまいそうだ。
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