朝が秘める


陸に来てから海にはないものに瞳を輝かせる日々だが、その中でもクリスが一等心惹かれているのは甘いものである。

ふわふわの生クリームにさくさくクッキー、ぷるぷると震えるプリン。仲良くなったヴィルには食べすぎだと怒られることも多いが到底止められそうにない。

甘いものを日の前にすると子供のように無邪気に喜ぶクリスに何か思うことがあるのか、新しく出来た友人たちはまるで餌付けするかのようにお菓子をくれる。その筆頭がトレイ・クローバーだった。

「クリス。これ、約束のクッキー」
「トレイのクッキーだ!有り難う!!」
「いやいや、此方こそこの前は助かったよ」

教室の前で、この前の礼だと可愛らしくラッピングされたクッキーを渡されてクリスはキラキラと目を輝かせて笑う。礼だと言うがクリスは何もしてない。トレイが課題について悩んでいたようだったので、少しだけアドバイスをしただけだ。

本当にいいのか、と表情を曇らせたクリスにトレイは晴れやかに笑う。

「大したことしてないし……。俺の方こそいいのか?こんなにいっぱい貰って」
「勿論!お礼だからな、沢山食べてくれ」
「有り難う!」

トレイから貰ったクッキーを持って向かうのは別の教室にいる友人マレウスのところである。

「マレウス!クッキー貰ったんだ、一緒に食べよう?」
「ああ、いいぞ。いい紅茶がある」

クリスの誘いに薄く笑って領くマレウス。それだけで心の奥底がほんのりと温かいもので満たされる。
胸元を握り首を傾げるクリスにつられたのかマレウスも首を傾げている。そんな不思議な光景に周囲の生徒は疑問を抱きながらも、声を掛けてくることはない。暫くそうしている二人に近付く影が一つ。

「お、クッキーか。ワシの分もあるかの?」

ニコニコと笑みを浮かべながら近付いてきたのはリリアだった。
クリスの手の内にあるクッキーを見て楽しげに笑うリリアの申し出を断る理由はないのだが、隣にいるマレウスの姿を見るとその整った顔立ちは不機嫌そうに歪められている。リリアはマレウスの目付役なのだから一緒に行動するのは当然だと思うのだが、どうやらマレウスは違うらしい。

「……リリア」
「くふふ。そう怒るな、冗談じゃよ」
「リリアは食べないのか?沢山あるぞ」
「……」

怒っている、のだろう不安げにマレウスを見上げてもその表情から感情を読み取ることは出来なかった。気まずさからリリアを誘うと、マレウスは黙り込んでしまった。眉間には深く皺が刻まれており、先程よりも機嫌が悪くなったのがわかる。
友人が何故怒っているのか理由がわからずオドオドしているとリリアがくふ、と笑みを零した。

「いや、実はこのあと所用があっての。二人で茶会を楽しんでくれ」

何がおかしいのかくふくふと笑みを零しつつ立ち去ったリリア。立ち去った、というより目の前から消えた彼に驚いて思わずマレウスにしがみつく。

「……消えた!リリア消えちゃったぞ!?」

妖精族はみんなそうなのだろうか。はわ……と一人口元に手を当てつつそう考える。アレウスも似たような感じだよな、とうんうん領いていると頭上から拗ねたような声が降ってきた。

「クリスは僕と二人っきりは不満か」

弾かれたように顔をあげ視線を上に向けると、声色と同じように拗ねた表情がそこにあってクリスは瞬きを繰り返す。その表情は海にいる妹たちがよく見せるものと同じで、どうしてマレウスがそんな顔をしているのだろうか。
ううんと唸ってみても理由は判らないので、取り敢えずマレウスの問いに答える。

「えぇ?どうしてそうなるんだ?マレウスと二人きりでも俺は嬉しい」
「…………そうか」

クリスよりも先に産まれているマレウスは知らないことを沢山知っている。それを教えてもらうことも好きだし、逆に海でのことを教える時のマレウスの表情を思い出すとそれだけで胸の奥がぽかぽかと温かくなるのだ。

この感情はなんだろう、なんてことは言わない。自分がマレウスに抱きつつある感情のことをクリスはよく判っている、が、それを伝えるつもりは毛頭ない。身分の差とか種族の違いとか、そもそも同性だからとかそういうのを全て引っ括めてこれは抱いてはいけないものなのだと、言われるまでもなく理解している。

だから。

行くか、と自分の手を引いてくれる手のひらの温かさにときめいてはいけない。
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