頭が痛い。皆本藍子という少女から千尋の名を聞いてから、ずっと頭痛が止まない。
何か毒でも盛られたかと病院で検査してもらったが異常なし。ならば精神的なものかと部下たちは心配しおり、それはないと否定できないのが歯痒い。

安室──降谷は過酷な任務を遂行中の潜入捜査官である。
極度のプレッシャーがそういった形で現れるのも珍しくない、というのが医師の見解だ。

「はぁ……」
「安室さん、大丈夫ですか?」

梓の声で意識が引き戻される。ああ、そうだった、今はポアロで勤務中だった。
途絶えそうな意識を手繰り寄せ、ニコリと笑いかけたが梓は心配そうに安室を見ている。彼女が自分を心配してくれているのはよく判るが、何故だかその表情が鬱陶しくて仕方ない。

「顔色が、」
「平気ですから」

大丈夫だと伝えても尚も言い募っていくる梓に苛立ちが募っていく。
どうしてこんなにも気が立っているのだろうか。しかもそれは梓だけではなく目に映る異性全てである。
自分はどうしてしまったのだろうか。

『安室さん』

柔らかく己の名を呼ぶ藍子の声を思い出す。すると不思議なことに頭痛が引いていった。
意味が判らず混乱するも、これならば仕事ができると取り掛かった時だった。カラン、と来客を知らせるベルが軽快な音を立てる。

「いらっしゃいませ!」
「こんにちはー!」

其処にいたのは常連客である園子と蘭と──それから千尋だった。
彼女の黒曜石のような瞳と目が合って、安室は意識を失った。





「安室さん、大丈夫かしら?」
「忙しいって聞いてたけど、ゆっくり休んでほしいね」
「ね、」

入店早々倒れてしまった安室を労わるような園子と蘭の言葉に千尋は小さく同意する。
倒れた安室はすぐさま意識を取り戻したものの、そのまま仕事を続けようとするものだから梓が怒ってしまい早退することになった。

梓の怒りも当然である。あんな顔色で動いていてはまた倒れてしまうだろう。
ポアロの仕事に探偵業、他にも色々としているようだしこういう時はしっかりと休んでもらいたいものだ。

──そういえば、安室が一度も此方を見なかったことに少しだけ違和感を抱いたのだが考えすぎだろうか。





皆本藍子を思い出すと頭痛が引き、他の異性を目にすると苛立ちが沸き上がる。
己の精神状態に少しばかり疑問を抱いていた安室は、先程以上に困惑しながら帰路についていた。

思い出すのは千尋のことを視界に入れた瞬間のこと。何故だか彼女に対して激しい憎悪と嫌悪感を抱いた。今までの安室は千尋に対しそのような感情を抱いたことは一度だってなかったのに。

「……暫く会わない方がいいな」

一人呟く。
今日は体調不良もあって倒れたので何も無かったが、もしも体調が万全の時に千尋に会ってしまったら?もしも、もしも。千尋をこの手で傷つけてしまったら?
そう考えると恐ろしくて恐ろしくて堪らない。

「それにしても如何して僕は彼女のことを忘れていたんだろう」

ふと湧いた疑問に答えてくれる者は誰もいない。
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