カラン、と来店を知らせるベルが鳴る。

「いっらしゃい、ま…せ……」

いつものように笑みを浮かべ挨拶をする安室だったが、やってきた人物を見て動きを止めた。

──其処に立っていたのは、見知らぬ少女だった。
帝丹高校の制服に身を包み薄い笑みを浮かべている少女から安室は目が離せない。

「あの、席についても?」
「、ええ!どうぞ」

動揺を悟られないように笑みを浮かべながらも安室はただ困惑していた。何故、胸の高鳴りが止まないのかと。

少女を席へと案内し、他の客の接客を続けながら観察をする。
至って普通の少女にしか見えず、安室は少しばかり視線を下げた。胸の高鳴りは止まらず、心の奥底から彼女が欲しいと思ってしまう。
こんな風に熱く想うのは『初めて』だ。

「あのう…注文、いいですか?」
「はい、お伺いしますね」

控え目に手を上げる少女ににっこりと笑みを浮かべながら近づく。
メニュー表を見ながら注文を口にする彼女にひっそりと感嘆の吐息を零した。薄い桃色に彩られた口元から目が離せない。

カフェオレを注文をした彼女ににこやかに笑みを返した安室の頭からは、幼馴染の命を救ってくれた少女のことはすっかり抜け落ちていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「……美味しい」

出されたカフェオレを口にしながら、藍子はそっと呟いた。すると安室が満足そうに笑ったのを見て、ほくそ笑んだ。
「文豪」には何故だか愛されなかったが、「探偵」たちには効いているようだ。若しもこれで彼等にも愛されなかったら、どういうことだと神様とやらを問い詰めるところだった。

熱が籠った瞳で見つめてくる安室の目の前で、藍子はぽろりと涙を零した。

「ど、どうしました!?」
「ぁ…すみません、安心して、つい」

涙が浮かぶ瞳の儘笑ってみせれば、安室は痛ましいものを見るかのように顔を歪ませた。

「……あの、何か悩み事があるんなら相談に乗らせてください。僕、こう見えて探偵をしていまして」
「でも……」
「お代は気にしないでください。……君の悩みが解決されるなら、僕はそれだけで十分です」

安室が穏やかに笑いながら藍子の手をそっと握る。
初対面の人間への態度にしては随分と馴れ馴れしいが、それも愛されているが故の行為だと思うと喜びから笑いが止まらない。然しその笑みを見られてしまっては疑いを持たれてしまうだろう。ぎゅ、と眉を寄せ涙を堪えているような表情を作る。
そしてそれから苦しそうに声を絞り出した。

「……実は、大切な人を取られてしまって。きっと彼は騙されているんだと思うんです」

思い浮かべるのは、蓬髪の彼。
まるで汚物を見るような目を藍子に向けてきたが、屹度それはあの女に騙されているに違いない。
むかつく顔の女。藍子が責め立ててもなんともない顔で此方を見ていたのを思い出すと、腹が立って仕方がない。

あの女が、自分が凡てに愛されるのを邪魔しているのだ。あの女さえいなければ彼は私のものになってくれる。
甘いテノールの声で愛を囁いて、あの瞳で熱っぽく見つめられ何よりも大切に大切に愛されるのだ。
──そんな未来を想像し、涙を拭うふりをしながらそっと口角を上げた。

「一野辺千尋っていうんですけど、どうにか彼を奪い返してもらいますか?」

此れで、もう邪魔者はいなくなる、と喜んでいた藍子は気付けなかった。
安室が驚愕の表情を浮かべ、青い瞳を揺らしていたことに。
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