「なんか凄い子がいて…よく判らないこと云ってくるんですけど、その所為か鏡花ちゃんの機嫌がすっごく悪いんです…。千尋さん、僕、どうしたらいいですか……」

PDAビル内。歓談室でくつろいでいたところでげっそりとした様子の敦にそう問われ、千尋はぱちりと目を瞬かせた。最近なんだか周囲の空気が不穏だ、とは思うもののその原因が何なのか千尋には判らない。
その生来の優しさや真面目さから敦も厄介な人間に気に入られることが多いらしく、今回もそれかとなんとなく目星をつける。優しさも真面目さもいいものではあるが、それに触れることが出来ず生きた人間というのはそれに縋り、執着するものだ。

この前も厄介な依頼人に気に入られていたっけ、と考えながら鏡花の機嫌を直す為の助言を幾つか。

──そういえば、治くんにも云われたっけ。
帝丹高校の制服を着た少女が可笑しなことを云っていたと。気をつけろ、と云われていたことを思い出す。誰なのかは教えてくれなかったが、一体誰を気をつけろというのか。

「手前はどっか甘いところがあるからな、気をつけろよ」
「……そんなこと、ないし」
「あるから云ってンだよ、莫ァ迦」

隣にいた中也にぐちゃぐちゃと髪を掻き混ぜられる。が、不思議と嫌ではない。
中也は穏やかに笑っていて、こんな笑顔で云われたら仕方ないよなァ、なんて思いながら頭を撫でる手を享受した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

そんなことがあった、とある日の放課後。一緒に帰っていた世良たちと別れ、一人帰路についた千尋の前に皆本が現れた。皆が可愛らしいという顔を醜く歪めて千尋を睨んでおり、それに千尋は首を傾げた。
そこまで嫌われる理由が判らない。学校での関わりは殆どなく、人の輪の中心にいる彼女を千尋を眺めているような状態だ。言葉を交わしたのも今日が初めてなのに、どうしてこんなにも彼女は敵意を向けてくるのだろうか。

「──ねェ。あんた、何?」
「何、とは」

皆本の言葉に疑問を返せば、みるみるうちに顔を真っ赤にした彼女が激情のままに口を開いた。

「ふざけないで!!あんたも私と同じなんでしょ!?だから私の太宰さんを誑かして……!!」

──千尋には彼女の云っている意味が判らない。然し何となく、彼女が太宰を好いているのは判った。
それならば彼女も嘗ての記憶を持っているのだろうか。太宰の女性関係を凡て把握している訳ではないので、もしかすると千尋が知らないだけで太宰と関係があったのかもしれない。

自分と同じように、死んで、生まれ変わって、漸く見つけた好いた人が別の女と仲睦まじくしているのを見つけてしまった、と考えると同情するものがある。
が、太宰は千尋を選んでくれたのだ。ずっとずっと、恋焦がれていた人が、漸く傍に。

だから何を云われたって、太宰治という人間を他の人間にくれてやる気は毛頭ないのだ。

「見てなさい。太宰さんも皆も、全部全部あんたから奪ってやるんだから!!」

何も云わない千尋に焦れたのか、皆本は平手打ちを一つして足音荒くその場を立ち去っていく。
叩かれた頬が少しばかり熱を持っていたが、特段気にすることもなく千尋も足を動かす。このことは太宰か誰かに云った方がいいのだろうか。

「……まァ、いいか」

この程度で煩わせることはない、と千尋は判断したのだが。
──後日この件が何処からかバレてこっぴどく怒られるのはまた別の話だ。
prevnext
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -