あの教室であの子だけが私のことを愛していなかった、と藍子は此方を見遣る瞳を思い出す。あの瞳に此方への関心はなく、どうでもいい風景を見るかのようなものだった。

許せない、許せる訳がない。自分は愛される為に此処に来たのだ。此処は藍子が愛されるだけの箱庭なのだ。

──だってかみさまがそう言った。

憤りながら藍子は帰路につく。どうしたらあの子は此方を見るだろうか。そんなことを考えていると、視界の端に黒髪が映る。思わず其方に目をやるとあの子がいた。

「……何で、」

藍子がよく知る男と並んで歩く彼女。その瞳はキラキラと輝いており、愛されているのだと一目で判った。

狡い。あの子だけ狡い。めらめらと嫉妬の炎が渦巻いていく。
私だって、愛されたい。彼女の隣にいる男に目をやる。

藍子はその男のことをよく知っていた。ある意味心の支えであった──漫画の登場人物。それがどうして此処にいるのかは判らないが、もしそうであるならば。彼の隣に立つのは自分が相応しいと思った。

彼女の腰に自然に回される手。それを彼女は享受しており、藍子はそれが腹立たしい。

漫画に出てこなかったモブの癖に、彼を取ろうだなんて烏滸がましい。

唇を噛み締める。愛されるべきは自分で、自分こそが彼の隣に相応しいのだと藍子は彼女を睨み付けた。彼女は呑気に笑って、彼に触れている。

此処は自分の箱庭なのだ。ならば自分の思う通りに進まなければいけない。
──此処はもう漫画の世界ではなく現実であるという事実に藍子は気付けなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「千尋。君、また厄介なものを拾ったね?」
「そう、なのかな」

太宰の言葉に首を傾げる千尋に、太宰はそうっと溜息を吐いた。少し離れた位置から此方を凝視し、千尋を親の仇の如く睨み付けている少女。帝丹高校の制服を着ていることから同じ学校に通っていることは判る。

然し如何してそんなにも千尋を睨み付けているのか。

ちらり、と視線を寄越せば少女と目が合った。すると途端に嬉しそうに頬を緩めるものだから、一瞬何処かで会ったことがあったかと思ったが太宰の優秀な頭の中に少女の姿は無い。

「気を付け給えよ。君は、優しすぎる」

うん、と千尋は頷くが自分の身に火の粉が降りかかりそうになっていることに気付いているのだろうか。
太宰はまた溜息を吐いた。

昔、というより前世からであるが千尋は少しばかり優しすぎるのだ。マフィアとして生きていくのには致命的な程に。特に懐に入れた者には優しすぎる。
それに逐一嫉妬するのも馬鹿らしくなって我慢しているが、若しもその優しさが彼女自身を危険に晒してしまうのなら。

「いいかい、千尋。何かあれば私は君を横浜に連れて戻す。例え君が嫌がっても、だ。判ったね?」

それが嫌ならば気を付けて、と言外に含ませば彼女は近いしたようでこくりと頷いた。
──本当は今すぐにでも連れて帰りたいけれど、彼女の友人とやらたちと笑い合う千尋の姿は悔しいことに綺麗なので。太宰は醜い嫉妬を隠すのだ。
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