拾弐


両手首を縛られた状態で床に転がされる。することも出来ることも何もないので、ただぼんやりと薄暗い天井を眺めることしかない。

「攫ってきたの俺だし、俺が最初だろ?」
「はぁ?お前攫っただけじゃねぇか」

誰が最初に千尋を抱くか、なんて下世話なことで争う男たちを眺めながら千尋は状況の整理を始めた。
校門を出たところまでは記憶がある。そこで誰かに声を掛けられ、気付けば意識を失っていた。此処はどこかの工場だろうか。空気を舞う埃から今は使われていないようだ。そこまで判ったとしても今の千尋にはどうすることも出来ないのだが。

未だ続く男たちのくだらない言い争いを真面目に聞く気も起きず、視線を横にずらす。乱雑に積まれた段ボール箱たちの隙間。光が届かない暗がりが蠢き、一つ瞬きをするとそこには歪な笑みを浮かべた「自分」が立っているのを見て、千尋はそっと息を吐いた。

「殺しちゃ駄目よ」

女子高生が呟くには聊か物騒なそれを拾う者など誰もいなかった。

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一度、二度と瞬きをする度に男たちが地に伏していくのを見ながら溜息を一つ零す。
まるで遊ぶように動く「手」を見ながら、こうして出てくるのならもっと早く出てこればいいもののと思うが、言ったところで言うことを聞くとは思えない。「手」はいつだって千尋の言うことを聞いているようで聞いていないのだから。

かつん。

男たちが全員倒れたのを見届けたところで──誰かの足音が聞こえた。
隠そうともしない足音は、迷いなく千尋の元へと近づいてくる。助け、ではないだろう。もしもそうならばもっと騒々しいはず。と、警戒していると足音の主が姿を見せた。暗がりから姿を見せたのは──見知らぬ男だった。

耳の下で切り揃えられた黒髪、病にでもかかっているのか思う程の白い肌。にこにこと笑みを浮かべているがどこか胡散臭い。

上半身を起こし、男を観察するように見ている千尋の影がざわりと蠢いた。

「こんばんは」
「……だれ、」
「そう警戒しないでください。僕は貴女と話がしたいだけなんです」

少し、困ったように笑う男。笑みを浮かべながら千尋に近づいてきて、手首を縛っている縄を解く。薄っすらと赤くなってしまった手首を撫でる手はとても優しくて一体何をしたいのか判らず困惑してしまう。

「一野辺千尋さん」

アメジスト色の瞳が、至近距離で千尋を見つめる。

「ずっと貴女に会いたかった。──ポートマフィアの花よ」
「…………」

男が発した言葉に僅かに目を見張る。ポートマフィアの名前を出すということは、あのヨコハマの街にこの男もいたのだろうか。
顔には出ていないが混乱している千尋の前で男は言葉を続ける。

「僕と来ていただけませんか。大丈夫、悪いようにはしませんから」
「、用件は」
「来ていただけたら教えます」
「…………」

この場でそれを言うつもりはないらしい男は、ニコニコと笑みを浮かべそれっきり口を閉ざした。男が何者なのか気になるところではあるが、千尋は男について行く気など毛頭ない。
この場をどう切り抜けるか考えているとがしゃん、と何かの破壊音。思わず其方に目を向けると扉か何かが壊されたようでそこから外の明かりが差し込んでいる。

「何を、しているのかな?」

穏やかな、けれども冷ややかな声が聞こえ千尋はそうっと息を吐いた。
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