拾壱


それは例えるならば悪意の雨だった。
嘲笑が、軽蔑が、嫌悪が絶え間なく千尋の上に降り注ぐ。けれどもそれは頬を滑り落ちていくものなので千尋は全く気にしていないが。

千尋が皆本藍子を襲ったと根も葉もない噂が校内を駆け巡り数日。千尋の生活は一変している。
蘭や園子、世良といった友人たちとは言葉を交わすことがなくなり周囲からも距離を置かれていた。提出物を無視されたり、連絡事項を教えてもらえなかったり。害があるといえば私物を隠されている程度だろう。

「……………」

太宰たちに知られる前に片付けたいと思うのがそう簡単に事が進んでくれるだろうか、とため息を吐きながら帰り支度を終え席を立つ。がたり、と椅子が音を立て教室の視線を集める。無遠慮に集まる視線を無視しながら扉へと向かっていった辺りで皆本と蘭たちの姿が目に入った。
皆本は判りやすく体を震わせているけれど、千尋の見る目には愉悦の色が滲んでおり隠し方が下手糞だななんて思ってしまう。

「     」

何か言いたげな蘭たちからそっと目を逸らして教室を出ていく。無闇矢鱈に話しかけて初めて出来た友人たちに害があってはならないし、それに。
────彼女たちが自分に向かって蔑みの言葉を吐くのを聞きたくなどなかった。
自分はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう、と考えながら足早に校内から出る。何処に行こうか。自宅に帰ってもいいけれど、なんだか帰る気にはならない。

「……本でも買いに行こ」

そう決めて足を動かしたところで誰かに話しかけられた。

「すみません」

その言葉を最後に千尋の意識は途絶えている。




藍子は喜々としながら横浜へと足を向けた。漸く、漸くだ。目障りな女がいなくなった。
きっとこれで何の柵もなく太宰と結ばれることが出来る。ずっと夢見ていたのだ、初めて紙面の上にいる彼を見た時から。彼こそ自分を愛してくれると、────救ってくれると。

「私の邪魔をするからいけないのよ」

くつくつと喉を鳴らしながら辿り着いたのはPDAのビル。受付の女に太宰を出してもらおうと声をかけようとして、奥から出てきた太宰の姿を見つけた藍子は嬉しそうに声を上げた。

「太宰さん!」
「……君か」

藍子の姿を視界に入れると太宰は眉間に皺を寄せるが、それは照れ隠し故だと信じてやまない藍子は笑みを深くするだけだ。
鼻歌でも歌いだしてしまいそうなほど上機嫌な藍子はするりと腕を太宰の腕に絡める。

「今日は太宰さんに素敵なお知らせがあってきたんです!」
「ああそう、私今急いでるから」
「太宰さんに付き纏っていたあの女、もういなくなりましたから!太宰さんの前に二度と現れないでしょうし、安心してください」
「……………は?」

意味が判らないといわんばかりの顔をしている太宰に藍子は喜々としながら形態の画面を見せる。
その画面には薄暗い何処かで両手足を縛られた状態で千尋が床に転がされている姿が映っている
衣服も乱れているようだし、女としてぐちゃぐちゃにされるのも時間の問題だろう。
藍子がした依頼はきちんと遂行されているようで、思わず声を上げて笑う。

「これで気にせず私と…きゃあ!」

表情が抜け落ちた太宰が藍子の首を掴む。ぎちり、と手加減なく力がこめられていく所為で呼吸がしにくくなっていく。
このままでは殺されてしまう、と恐怖で青くなった藍子の顔を太宰が覗き込む。その瞳に光はなく、喉から引き攣ったような音が零れた。

「私が甘かった」

平坦な声が聞こえる。
何の感情もこもっていない声は、聞いているだけで凍えてしまいそうなほど冷たい。

「君が害だと判っていたのに放置していた私の責任だ。ああ本当に────さっさと殺しておけばよかった」

にこり、と貼り付けたような笑みを浮かべる太宰にカタカタと体が震えてしまう。
違う。この人は私が求めている「太宰治」じゃない。どうして、神様は私がみんなに愛されるようにしてくれるって云ってたのに、どうして。

「千尋をどこにやったか、私に教えてくれるよね」

拒否など許されていなかった。
prevnext
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -