突然生徒指導室に呼び出された、が、千尋には心当たりがない。

しかも千尋を呼び出したのは生徒たち──特に女子生徒の間で評判が悪い教師だ。セクハラ紛いな言葉をかけてくる、視線が厭らしい、などといい噂は聞かない。
件の教師に千尋が呼び出されたと知った蘭や園子がついて来ようとしていたが、二人とも部活やら何やらがあるようなので丁重に断った。セクハラ紛いのことを云われたとしても嘗てしていた仕事で慣れているし、何も気にすることはない。と、千尋は何の不安もなく生徒指導室を訪れた。

「一野辺。この写真はなんだ?」
「心当たりがありません」

ニヤニヤと笑いながら生徒指導担当の教師が差し出してきたのは一枚の写真だった。
その写真の中では、千尋が見知らぬ男に肩を抱かれ──所謂、そういうホテルに入ろうとしている。

だが千尋には全く心当たりがない。肩を抱いている男にも、入ろうとしているホテルにも。
なので心当たりがないと言いきったのだが、千尋が否定したことが気に入らないらしい教師の顔がみるみるうちに歪んでいった。

「そんなことはないだろう!!現にこんな写真があるんだぞ!!」

顔を真っ赤にして怒鳴り散らす教師。合成という可能性は頭にないようで、延々と「これだから最近の若者は」「俺が若い頃には」などと繰り返している。
そんな教師の戯言を真面目に聞く訳もなく、千尋はぼんやりと今日の夕飯について考えていた。何にしようか、ああカレーもいいなぁ。

「…………しかし俺は優しいからな、黙っておいてやろう」

下心たっぷりの顔で笑う教師の言葉にそちらに意識を向ける。ざわりと影が揺らめいた。

「その代わり……」

脂ぎった指が千尋の制服に触れる。下品な笑い声を零す教師は己の後ろで揺らめいている黒い手には気付いていない。ゆらゆら、ゆらゆら。揺れながらその指先が徐々に鋭いものへと変わっていく。

抵抗もせず声も上げず、教師の手によって制服を脱がされていく千尋を見て何を思っているのか容易に判る。生まれた時からの付き合いどころか前世からの付き合いなのだから。

ああ。怒ってるなぁ。

まるで刃物のように変わった手を見て、千尋は小さく囁いた。

「先生、危ないですよ」

窓の外、夕陽に照らされた街がまるで血濡れのようだった。




すっかり日の落ちた頃、漸く帰宅した千尋はふう、と息を吐いた。思っていたよりも遅くなってしまった、この調子ではカレーは難しいだろう。今日は簡単なものにしようと、家の中に入ると「おかえり」といない筈の人間から声がかかった。

「随分と遅かったね」
「…………ただいま。来てたんだ」
「織田作がカレーをくれてね!折角だから千尋と食べようと思って」

温めてあげよう、と上機嫌に云う太宰にぎゅうっと抱き締められる。
自分よりも大きな体に抱き締められ少しふらついてしまったが、伝わってくる体温が匂いが酷く愛おしい。

「千尋」

名前を呼ばれ顔を上げる。
にっこりと笑う太宰は、まるでマフィアにいた頃のような顔をしていた。

「大丈夫かい?」
「うん、平気。何も残してないから」
「ならいいけれど。若しも何かあったらすぐに云うんだよ」
「……ありがとう」

額へ頬へ落ちてくる唇を享受しながら千尋は小さく口角を上げる。


────その日、一人の教師が消えた。行方は判っていない。
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