『一野辺千尋は誰にでも股を開く女である』

帝丹高校ではそんな噂がまことしやかに流れていた。噂の出処が何処かは判らない、然し今まで彼女を高嶺の花のように見つめていた視線が変わったことは確実だった。

ひそひそと侮蔑が込められた目で見られようとも、体中を嘗め回すような視線を向けられても千尋は気にしない。そんな嘘で塗り固められた噂を流されようが自分が抱かれたいと思うのはたった一人なのだから。

あからさまに避けられたり地味な嫌がらせがあっても直接言いにくるような人間がいなかったのも一因だったがとうとう直接云いにきた輩がいた。

屋上で昼食でも取ろうと蘭たちと来たのだがそれぞれ呼び出され、一人になった時に二、三人の男子生徒がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら屋上にやって来た。タイミングの良さから蘭たちの呼び出しも意図的なものだろう。

懐から携帯を取り出した一人の男子生徒がその画面を千尋に見せる。よく見えないが何かの写真のようだ。

「なぁ、俺にも抱かせてくれよ」
「……?」
「まさか一野辺があんなことしてるなんてよぉ、…バラされたくねぇだろ?」
「意味が判らない。頭、大丈夫?」

思ったことをそのまま口にする。自分はそこまで安い女ではない。
男子生徒の提案を一蹴してコンビニの袋を漁る千尋の腕を激昂した男子生徒の一人が掴んだ。

「ッせーな!!いいから大人しく足開きゃあいいんだよこのビッチ!!」
「……、」
「ちょっとアンタたち!何してんのよ!!」

流石に反論しようと千尋が口を開く前に用が終わったらしい園子たちが戻ってきた。
複数の人間で千尋を取り囲もうとしている姿に何が起ころうとしていたのか容易に想像できたのだろう。怒鳴る園子に男子たちは不満そうに舌打ちを零し、千尋の腕を掴んでいた手を離した。

そのままぼそりと「覚えてろよ」、と囁き屋上を後にするのを千尋はじっと見つめていた。

「千尋ちゃん、大丈夫!?」
「うん、平気」
「ったく!千尋ちゃんもああいう連中には遠慮なくビンタでもかましていいんだからね!」

心配してくれる蘭と未だに激昂している様子の園子に千尋は薄く笑みを零す。
本当のことを云うのならあのタイミングで二人が戻ってきてくれてよかった。流石に白昼堂々と殺人が行われるのは如何なものかと思っていたのだ。

ざわり、と千尋の影が蠢いたことに園子も蘭も気付くことはなかった。





「ほんっとムカつく……!」

苛立ちのまま近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。

あの女と太宰を引き剥がす為に、まずはあの女自身を滅茶苦茶にしてやろうと思ったが失敗したようだ。折角合成写真まで作って噂を広めたというのに彼奴は全く気にしていないようで変わった様子もない。

いずれ太宰の耳にも入るように、と色々と画策しているがうまくいくだろうか。
否、必ず成功させなければいけない。あの女は、自分の為に作られたこの箱庭において害でしかないのだから。

「おい、誰だ!ゴミ箱蹴とばした奴は!」

何とかしてダメージを与えてやりたい、と考えていると教師の怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら藍子が蹴飛ばしたゴミ箱を見つけたようだ。勿論名乗り出る者はおらず、ぐちぐちと文句を零しながらゴミを拾う教師。

確かあの教師は生徒指導担当だった。
それと、女子生徒を見る目が厭らしくて嫌われているという。

──閃いた。次はあれを使おう。

「…………せんせぇ」
「皆本か?どうした?」

甘い声を出しながら近づくと、教師は目の色を変え柔らかく笑んだ。しかしその目にある欲は隠しきれておらず、藍子は心の内で気持ち悪いと呟く。
だが我慢しなければ。こういうことには慣れている。最後にあの人に愛されれば、それでいい。

「実は相談があって……」

甘ったるい声で囁いた。
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