──昔から馬が合わなかった。意見が一致したことなんて殆ど無いし、顔を合わせてもお互いに罵詈雑言の嵐。
裏社会でその名を知らしめていた太宰治と一野辺千尋は、その名が知られているのと同じくらい不仲であるということも知られていた。

「君さぁ!知らない男に愛想良くしすぎ!!ちょっと節度を持ちなよ!」
「知らない」

任務の帰り道。いつものように突っかかってくる太宰を適当にあしらいつつ千尋は溜息をついた。

今日の任務は殲滅任務で、千尋がその外見で敵方の首領を引き留めその間に太宰が部下を動かし包囲するという作戦だったのだが。その首領がやけに千尋を気に入ったようで所有するホテルにまで連れ込まれそうになったのだ。

色の仕事は尾崎に仕込まれているので、どうあしらうかも考えていたのだが其れを見ていたらしい太宰が何故か腹を立てて予定より遥かに早いタイミングで作戦を開始した。お陰で今回の為に拵えたドレスがぐちゃぐちゃだ。

はぁ、とわざとらしく溜息を吐けばぶすりと不貞腐れた様子の太宰が口を開く。

「……君、僕の犬でしょ。飼い主に媚びも売れないわけ?」
「犬になった覚えはない」

確かに森に云われ相棒だなんて名乗っているが犬にまで落ちた覚えはない。
そう切り捨てれば、怒りで顔を真っ赤にさせた太宰が千尋に向かって罵詈雑言を吐き散らす。

「鉄仮面女!」
「包帯無駄遣い装置」
「ちんちくりん!」
「木偶の坊」
「っ〜〜千尋なんて嫌いだ!!」
「奇遇ね、私も大嫌い」

淡々と言葉を返していると大嫌いの件で太宰が押し黙ったが千尋は気にしない。自分から嫌いだと云うくせに、千尋が嫌いだと云えば悲しそうに瞳を揺らすのだ。
どうしてそんな顔をするのか意味が判らない。そして、その顔を見る度に胸が痛む理由も。

──太宰が裏切った、と聞いた時は清々したと心の奥底から思ったのに如何して未だその影を探している自分がいる。

この酒が好きだった、この香水を使っていた。万年筆、此れを使っていたな。
日常のあちこちに太宰がこびりついていて、裏切り者のことなんて考えたくもないのに気付けば考えている自分がいた。

太宰が組織を抜けて四年。
人虎を捕まえる為に奔走していた芥川が太宰を捕らえたと耳にしたのは、丁度千尋が任務が終わりヨコハマに戻ってきていた時だった。虜囚を繋げておく地下へと足を運ぶ。

「……いい眺めね」
「げぇ」
「お祝いに、葡萄酒でも開けようかな」

鎖で壁に繋がれた太宰は千尋を見ると思いきり顔を顰めた。心底嫌そうな顔を見ると胸がすく思いだ。

裏切り者は処刑と相場が決まっている。首領である森は今でも太宰のことを気にかけているのか、幹部の席を開けたままにしているが例外なく太宰も処刑だろう。

何だか楽しい気分になって笑みを浮かべると、つらつらと千尋への罵詈雑言を吐いていた太宰が口を噤んだ。

おや、珍しい。
四年の間に何か変化でもあったのかと目を丸くしている千尋の目の前で、音を立てて手枷が外された。

「……芥川に云っておかないと。チェックが杜撰すぎる」
「いいことだと思う、よッ!」
「ッ、」

後でキツく云っておかなければ、と考えていた千尋に太宰の足が迫る。突然のことに驚きつつもその足を軽く流し太宰を床に転がす。動けないようにと背を足で踏んだ。

「なぁに。子供の遊び?」
「──捕まえた」
「、!!」

後方指揮をすることが多い太宰と前線で敵を相手取る千尋。

比べるまでもなく体術に関しては千尋が上だ。──そんな慢心がいけなかったのだろう。後ろ手に千尋の足首を掴んだ太宰はそのまま千尋を床に転がす。受け身をとったので大したダメージは無いが太宰が覆い被さってきた。

爛々と輝いている瞳が千尋を見下ろしていた。

「何、を」
「好き。好きだよ、君が。愛してる」
「はぁ?」
「嫌がらせでも冗談の類ではないよ。千尋が好き」

意味が判らない。千尋の脳内は疑問符で埋め尽くされた。
今まで散々嫌がらせを、それこそ命にかかわるようなものまでされてきたのだ。そう易々と信じられる訳が無い。

疑いの目をもって太宰を見るが太宰は他の女に向けていたような、甘い瞳を千尋に向けるだけでその真意は読めない。否、読まずとも太宰の考えは判る。その演技もまた嫌がらせの一環だろう。
嫌がらせをするのによく其処まで出来るものだと感心していると、熱に浮かされたような瞳が近づいてきた。

「だから、ね。千尋も私のことを好きになって?」
「ッ、な、なにを、!」

近づいてきた太宰の額と千尋の額がくっついて、ついでと云わんばかりに唇が重なった。軽く触れたそれが離れていったので慌てて太宰から距離を取る。
まるで恋人同士のような甘い声にぞわりと肌が粟立った。立ち上がりながら唇を拭う千尋を見て太宰が笑う。

「キスも知らないのかい?お子ちゃまだなぁ」
「……そんな訳ないでしょ。キスなんて幾らでもして、」
「……したの?私以外の男と?」

大したことではない、と云った瞬間太宰の瞳が仄暗いものへと変わる。太宰がいた頃は、何故だかそういう仕事が回ってきたことがないがあれから四年も立っているのだ。
口付けを一つ落として毒を飲ませたり、誘惑の意味で口付けをしたり。それ以上のことだってすることだってある。

それをする必要があることも元マフィアならば理解しているだろうに、静かに怒りを露わにしている太宰に千尋は体を硬くした。

真逆、若しかして。

「何云って、っんん!」

ふざけるなと云おうとした口は、再度近づいてきた太宰に塞がれてしまった。先程の軽いものではなく、唇を割って入ってきた舌が口内を荒らす。
逃げるように奥へと引っ込んだ舌を無理矢理絡められ、柔く噛まれ、唾液を送り込まれる。混ざり合った唾液が口の端から零れていった。

「ふ、ぁ、んっ…」
「どう?私のテクニック」
「……下手糞」
「素直じゃないね。なら、もう一回シてあげる」
「やめっ……」

思わず甘い吐息が零れた千尋を見て太宰が面白そうに笑った。矢張り嫌がらせかと虚勢を張れば再度唇が重なった。激しく口内を荒らす舌に千尋は抵抗も出来ない。

ぐちゃぐちゃと厭らしい音が地下室に響く。初めて、という訳ではないのに酷くいけないことをしているような気がしてならない。
太宰を引き剥がそうとしていた手はいつの間にか添えるだけになっており、ただ与えられるキスを受け入れるだけになっていた。

ぎゅう、と抱き締められ体が密着する。伝わってくる体温にじわりと何かが溢れた、ような。ふわふわとした意識でされるがままになっていると太宰の唇が離れ銀糸が切れる。

「ふふふ。トロ顔ゲット〜」
「ッ、離して!!」

揶揄うような声に我に返った。慌てて抵抗すれば、太宰の拘束はあっさりと解けた。き、と睨み付けても太宰は面白そうに笑うだけで堪えてないらしい。
舌でも噛み切ってやればよかったと後悔する。

「千尋。迎えに行くからね」
「来なくていい!むしろ死ねッ!!」
「素直じゃないんだから〜嬉しいくせに」
「ッ……!ッ……!!」

何処をどう見ればそんな感想を抱くのだ。言葉にならない怒りの所為で何も云えない千尋を見て、太宰はじゃあねと去っていった。
こんなにも腹が立ったのは四年ぶりだ。もう二度と会いたくない、と舌打ちを零す。

──なのに何故こんなにも心が躍っているのか千尋には理解出来なかった。


「こんばんは!一緒にどう?」
「帰れ!!」

深夜。我が物顔で自宅に入り込み、勝手に酒を開け微笑む太宰に千尋は持っていた酒瓶を投げつけた。

元相棒からの昇格

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