「りぃさま」
不思議な世界に迷い込んだ。知らない建物、知らない生き物というのはとても心が惹かれるけれど何故だか帰れない。
来た道は塞がり、何処にも行く場所がない。
そんな状態で辿り着いたのはある湯屋だった。八百万の神が一時の休息を得る為にやって来るこの湯屋にいれば帰る手段が見つかるのではないか。そんな打算で湯屋で働くことを決めた。
契約の際に元の世界での名の一部を奪われてしまったけれど生き延びる為なのだ。致し方ないだろう。
此処で働き始めて幾日か経った。
生活にも随分と慣れたが人間ということで食べられそうになることも少なくはない。少々気を張る生活をしていたかだろうか。仕事の合間、庭で休憩していると眠り込んでしまった。
「ヤバ……!!」
「おや、もう起きるのかい?」
「え、」
怒られてしまうと思い飛び起きると後ろから声が掛かった。其方を見れば狐の耳と尾を持った美丈夫がにこにこと笑みを浮かべながら自分を後ろから抱え込んでいた。
状況を把握しても理解は出来ない。如何してこんなことになっているのだろう。浮かんだ疑問が其の儘顔に出たのだろう。此方の疑問に答えるように美丈夫が口を開いた。
「君が随分と気持ち良さそうに寝ていたからついつい近くで見たくなってしまって」
「そ、そうですか…」
ふふふ、と笑みを零す姿は様になっているけれど如何してだろうか。酷く寒気がする。空は晴れて太陽はあんなにも輝いているのに。
「えぇっと…すみません、私仕事に戻らなきゃいけないので」
「えーもう戻るの?いいじゃない、私といようよ」
「ッ…!」
ギリ、と痛い程に手首を握られて恐怖で体が震える。思い出すのは此処に来たばかりの時に食べられそうになったこと。真逆この美丈夫も自分を食べるつもりなのだろうか。
彼の顔が此方に近づいてきて、食べられてしまうと固く目を閉じるが一向に何も起こらない。恐る恐る目を開くと、其処には地面に倒れ伏している美丈夫と何故だか腹を立ててる──天狗のような姿をした青年だった。
「何してンだ手前!勝手にふらふらしたと思ったらなァに女かどわかしてンだ!!」
「あ、の…」
「あー…俺の連れが急に悪かったな。大丈夫か?」
「は、はい。有り難うございます」
如何やら何かをされそうになったがこの青年が助けてくれたらしい。感謝を込めて頭を下げると、気にするなと照れ臭そうに云われた。此方に害意はないようだ、と胸を撫で下ろす。
「手前、此処で働いてンだろ?仕事はよかったのか?」
「え、あ!!す、すみません!失礼しますっ!」
仕事のことを云われ、もう一度頭を下げてその場を去る。
──だから気付けなかった。
助けてくれた青年も、気絶して倒れ伏している筈の美丈夫も、此方のことを見つめていただなんて。
「やァっと見つけたなァ」
「長かったねェ。でもまァ、もう逃がさない」
夜。今日も疲れたと布団に潜り込もうとした時だった。用があるからおいで、と湯屋の女主人に呼び出された。何か粗相をしてしまったのだろうか。それとも此処から帰れるのだろうか。
不安と期待で胸を膨らませながら呼び出された部屋に向かうと、昼間の二人組と女主人が其処にいた。部屋には豪勢な食事が所狭しと並べられており、何処か甘い匂いが漂っている。
「それでは、ごっゆくり」
「え!」
何事かと問い質すよりも早く、女主人は頭を下げて部屋から出て行く。何も聞かされていない自分が此処にいてもいいのかと不安になっていると、美丈夫が眉を下げて申し訳無さそうな顔で近づいてきた。
「昼間は御免ね。君の髪に葉がついていたから取ろうと思ったのだけど、怖い思いをさせてしまって」
「そ、そうだったんですか…?私の方こそすみません、早とちりをしてしまって…」
「いやいや!私の方こそ誤解させてしまった」
御免ね、ともう一度謝罪されいいえと首を横に振る。
確かに食べられてしまうのではと思ってしまったが其れは此方の勘違いだったのだ。寧ろあんなにも怯えてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「それでね、お詫びといってはなんだけど一緒に食事でもどうだい?」
「え、そんな…」
「食っとけ食っとけ。勘違いさせた此奴が悪ィんだからよ」
既に食事を摘まみ乍ら酒を煽っていた青年が云う。此処の従業員である自分が客人であろう彼等と共に食事を摂ってもいいものだろうか。悩んでいると、美丈夫が「主人の許可は貰っているよ」と囁いた。
「だから咎められることもないから安心して?」
「……なら、」
明日も早いので少しだけ、と頷けば彼等は酷く嬉しそうに笑った。
ふわふわする。自分は一体何をしていただろう。おもいだせない。
柔らかなものに包まれて意識が微睡む。
──「約束だよ。次に会ったら、私たちの──」──
「!……、?」
「あれ、起きてしまったの?」
「え…?」
起きなければ知らぬ間に凡て終わっていたのに。残念そうに美丈夫が云う声が聞こえる。
ぼんやりとした頭で少し寒いな、なんて思い自分の体を見て──驚愕した。何故だか服を着ていない。確かに着ていた筈なのに。
柔らかな布団の上に寝かされて裸を晒している。二人を見ればギラギラと獣のように輝く瞳で此方を見ていた。
「起きたンなら仕方ねェ。此の侭孕ませりゃあいい」
「孕ま、せ……?」
「そう。約束は果たさないとね」
「い……いやあああああ!!!!」
力の限り暴れて、正面にいた青年がよろけた隙に起き上がり走る。この部屋から出て、誰かのところに逃げなければ。口が悪いけれど面倒見のいい先輩ならばきっと。一抹の希望を胸に力一杯襖を開けて愕然とした。
道が、無い。
部屋の内装は確かに働いている湯屋のもので、それならば目の前に廊下が広がっていなければいけないのに目の前には文字通り「何も無い」。如何して、とへたり込んでしまう。逃げ場が何処にもない。
「捕まえた」
愉しそうな声が聞こえた。
「ぁ、あーーっ!んんっ、あ、ぁ、っ〜〜〜〜!」
「あはは!また噴いたね。そんなに気持ちいい?」
ぷしゃり、と音を立てて噴いた潮が布団や衣服を濡らす。その様子を見てまるで子供のように笑う声を聴きながら体を震わせた。
前も後ろも彼等の陰茎を挿入され苦しい筈なのに体の奥底から湧き上がるのは途方もない熱で。熱で浮かされた頭のまま腰を動かせば、また彼等の嬉しそうな声が聞こえるのだ。
「っ、っっ、ぁ、ひっ、ぁ”〜〜!」
「もうロクに喋れてねェな」
「香を焚いててよかったでしょ?」
「用意したのは俺だろうが!!」
言い争いをしながらも此方を責め立てる手は止めない二人に呼吸も出来ない程に声を上げるしかない。
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。部屋を満たす噎せ返りそうな程の甘い匂いと共に厭らしい音が体の奥へと沁み込んでいく。
壊れる、壊れてしまう、いやだ。
喘ぎ声の合間にそう告げるも容赦ない快楽に思考はどんどん曖昧になってしまう。
「ぅ、ぅ〜〜!っ、あ”っ、ぁ、!」
「大丈夫だよ。壊れてもたっぷり愛してあげるからね……ッ」
「ッ…!孕めよ、子と一緒に可愛がってやるからよ」
腹の奥底にまで精を注ぎ込まれ、下腹部がじんわりと熱くなっていく。
粉々になってしまった理性で口にすることが出来たのは、
「は、い…」
肯定の言葉だった。
遠い遠い昔。
妖と成り果てた自分たちと約束をした少女がいた。
「私、二人のお嫁さんになる!」
約束、と絡ませた小指。
ぐったりと布団の上で手を絡める。
「愛しているよ」
だからずぅっと一緒にいようねと聞こえていないだろうけれど彼女の耳に囁いた。
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