「サトルさま」


めがさめた。ここはどこだろうか。あたまがいたい。

「……手前、何で、」

このひとは、だれだろうか。






最近ヨコハマでまことしやかに囁かれている噂がある。

曰く、死人が生き返る。

莫迦らしいと一笑したいところだが事実、死んだ家族や恋人が戻ってきたという人間たちがいるのだ。

「異能力、ですかね」

そんな話を聞いた敦がぽつりと呟いた。確かに考えられる可能性があるとすれば異能力だろう。然し。

「現実的ではないね」
「死人が生き返るなんて有り得ないよ」

ばっさりと太宰と乱歩がそれを切り捨てた。

「妾の異能力も使い方でそれに近いものが実現出来るけどね。死んだ人間を生き返らすなんて無理だ」

医者である与謝野もそれに同意する。そもそもそんな異能力があれば何処の組織も喉から手が出る程に欲しがるだろう。死なない兵士というのは組織──特に裏社会の人間にとっては理想の駒だ。

自身の考えをばっさりと切り捨てられた敦はそうですよね、と笑いながら仕事を再開する。だから太宰が何ともいえない微妙な顔をしていることには気付けなかった。






若しも。若しも本当に死人が生き返るのならば。
喪った友人も、喪った愛しいひとも戻ってきてくれるのだろうか。と柄にも無く思ってしまった。








「だ、太宰さん!あの…!」
「如何したんだい、敦くん。そんなに慌てて」
「探偵社にその、ポートマフィアが…!!」

あくる日。いつものように自殺未遂を繰り返していた太宰の元に敦が息を切らしてやって来た。息を荒げている敦曰く、社にポートマフィアの幹部──中原中也が女を連れて来たのだという。そして太宰を出せ、と。

用件を聞くも「会えば判る」の一点張りで口を割ろうとはしない。故に太宰を連れ戻しに来たのだという。何だか厄介事を持ち込まれたようだ、と嘆息しながら川から上がった。




社に戻った太宰の瞳に映ったのは何処か苛立った様子の元相棒と、

「……、千尋、?」

死んだと聞かされていた筈の愛しいひとだった。
死んだというのは冗談だったのだろうか。然し何やら様子が可笑しい。虚ろな瞳の千尋は此方に見向きもせず、ただ虚空を見つめている。其れに顔色も悪い。

無表情であるのは昔から変わらないが、それでも彼女の瞳は美しく輝いていたというのに。……そんなにも過酷な任務にでも就いていたというのか。

「数日前、生き返った」
「……は?」

中也がぽつりと呟いた言葉に間抜けな声が出る。真逆今噂になっている通りに生き返ったというのだろうか。然し少々様子が可笑しいだけで死んでいたようには見えない。その場にいる他の社員もじっと千尋を見ている。

「墓参りに行ったンだよ。そしたら墓の前に、此奴がいた」
「……何それ。それで生き返ったって?莫迦らしい」
「事実だよ。手前が幾ら否定してもな」
「証拠は?そもそも千尋は本当に死んでいたのかい?」

つい問い詰めるように言葉を重ねてしまう。双黒が裏社会で有名だったように千尋もその外見で名を馳せていた。ポートマフィアに近づく為に彼女の姿を真似ている可能性もあるのだ。

太宰の言葉を聞いた中也はちらりと隣の千尋を一瞥して、其れから青い瞳で太宰を見た。

「俺しか知らねぇことが此奴の体には残ってた」
「……それは、」
「云うかよ。だから此奴は確実に千尋だ」

中也が其処まで断言するのならば彼女はきっと本人なのだろう。
然し千尋が本人というのならば何故探偵社に連れて来たのだろうか。本当に生き返ったというのならば喜ばしいことだろうに。

「……首領は千尋の扱いに困ってる」
「だろうねェ。死んだ構成員が戻ってきた、けれど其れが異能力によるものならばいつ謀反を起こされるか判らない」

異能力者本人がどんな目的があって死人を生き返らせているかは判らないが、若しも生き返らせた死人を自由に操れるというのなら今の千尋はポートマフィアにとって不穏分子でしかない。

そして組織の為ならばどんな汚い手を使う森がそんな不穏分子をわざわざ抱え込むとは思えない。

「だから私に、か」

太宰ならばいざとなれば人間失格でその動きを無効化することが出来るし、ポートマフィアの内情にも詳しい。預け先としてはうってつけだ。其れに千尋は太宰のことを。

「判った、預かろう。だけど此れ、ちゃんと生活出来るの?」
「あー…千尋って呼べば反応はするンだけどよ」

中也の声に千尋が緩慢とした動きで反応する。
音は聞こえており、千尋という名が己のものだという認識はある。

「其れ以外にはさっぱりだ。姐さんのことも首領のことも判ってねェ」
「食事は?」
「与えりゃあ食う程度だな。自分から食おうとはしねェ。……多分食わなくても平気だろうッてのが首領の見解だ」

成程と頷いて千尋に手を伸ばし、寸でのところで止めた。

「……何してンだよ、手前は」
「いや、一寸ね」

呆れたような中也の言葉を笑って誤魔化す。若しも千尋が異能力で動いているとしたら。この手で触れてしまえば消えてしまうのではないか、と考えてしまっただけだ。







千尋を預かって数日。
特に何事も無く太宰は日々を過ごしていた。普段と変わったことと云えば生活に彼女がいることだろうか。

寝て起きてぼんやりと日がな一日を過ごし、時折探偵社まで共に行く。自らの意思で動くことの出来ない彼女は誰かの手を借りないと動くことが出来ない。そしてその誰か、というのは四六時中傍にいる太宰だろう。

然し太宰は千尋に触れられずにいた。触れてしまえば彼女が消えてしまうかもしれない。中身は空であっても千尋を己の手でもう一度殺してしまう、というのが酷く恐ろしかった。

「君が死んだと聞いた時は、私が殺してやればよかったと思ったのに」

けれども動き呼吸をしている千尋を見ているとその考えはみるみるうちに萎んでいった。もう一度、彼女を喪うと考えたら。

だがもう一度千尋が死ぬことを望んでいる人間がいる。──森だ。

不穏分子である千尋をいつまでも放っておくとは思えない。近い内に如何にかしようと考えているだろう。というより、太宰が早々に千尋に触れることを想定して預けるという考えに至ったのかもしれない。

触れたくて仕方ないのに触れてしまうことが恐ろしい。
相反するこの感情を如何したらいいのだろうか。

社のソファーに寝転んでくうくう、と寝息を立てていた千尋がゆっくりと目を覚ました。相変わらずのぼんやりとした瞳が覗き込んでいた太宰の姿を映す。

「ねェ、千尋。いっそのこと一緒に死んでしまおうか」

千尋と己しかいない社の中で彼女にそう囁く。置いて逝かれてしまうのが恐ろしいのならば共に逝けば寂しくない。緩く笑んだ太宰をぼんやりと見つめて、それから千尋が口を開けた。

「いき、て」
「……!君、喋れて」

この数日一言も喋らなかった千尋が口を開いたことに驚く。記憶の中で褪せていた彼女の声。随分と久しぶりに聞いた彼女の声は掠れていた。

「しあわせ、に、」
「……君がいないと、そう感じられないんだ」
「おさ、むく、」
「君が、千尋のことが好きだ」

ぼんやりとした瞳が太宰に向けられる。然しただ虚ろなだけではなく、千尋の瞳はゆらゆらと揺れていた。
表情は何も変わっていないが泣きそうに見えるのは気の所為だろうか。

「君をあいしてる」

ひんやりと冷たい肌に触れてその唇に己の唇を重ねる。そこで漸く千尋の表情が崩れた。ぽろりと涙が零れて、少しだけ口角が上がった。
彼女の冷たい体を抱き締めながら幾度も幾度も口づけを落とす。

「君だけだ、君だけなんだ。ねェ、私も連れて逝って」
「……だめ」

ぼろぼろと崩れていく彼女の体をきつく抱き締めるのに体の崩壊は止まらない。
一瞬で消えてくれたらいいのに如何して少しずつ崩れていくのか。その所為で手放し難くなってしまう。

「千尋、!」
「わた、しも、すき」

へにゃり、と下手くそな笑みを浮かべて、それから。
太宰の腕の中で彼女は骨へと戻った。先程まで肉がついていたとは思えない脆くばらばらになった骨片を拾い上げて囁く。

「矢ッ張り君は狡いなァ」

愛だけ残して、置いて逝くなんて。






──数日後。一人の男が自殺した。其れに呼応してか還ってきたという人間たちも須らく骨に戻ったという。
死人を生き返らすだなんて神にも等しい異能力を持つその男が何故あのようなことをしたのか。
もう誰も知る由もない。
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サトルさま
リクエストありがとうございます!
いただいた時めっちゃエモいな!?と興奮してしまいました…とても楽しく書かせていただきました、ありがとうございます!
君愛番外編、これからも続きますがお付き合いいただけたら嬉しいです^^
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