彼女も太宰も人より整った容姿をしており、任務上それを利用することもある。そうすれば必ずといっていい程勘違いした輩が湧くのだ。
それが使える人間ならば構わない、否、面倒ではあることには変わらないのだがまだ利用価値がある。然しそういった輩は大抵使えない。
大体は凄んでみせれば簡単に怯え、逃げ去るのだが稀にそれすら愛情表現だと勘違いし更にしつこくなる人間もいる。
彼女と太宰が恋人関係を築くのはそれを回避する為だ。
千尋の顔は其処らの女より整っている──というか精巧な人形といっても差支えない程整っているので、彼女を恋人だと紹介すれば付き纏ってくる女たちは諦め消えていく。
二度ほど其れをしていたら、どこで其れを耳にしたのか首領である森が「ならいっその事恋人を演じてしまえばいいじゃないか」と言い出したのだ。
太宰としては断りたかった。
だって彼女の顔を見る度に何故だか酷く苛立つのだ。相棒である中也の昔馴染み、ぐらいの認識しかない人間に何故こんなにも感情が乱されるのか意味が判らない。
故に断りたかったのだが首領命令と云われてしまえば太宰に拒否権はない。共に呼び出されている千尋は何も云わなかったし何の反応も見せなかった。其れが余計に腹立たしい。
任務でパーティーに参加することになり、太宰は千尋を探していた。
どうやら二人組で参加が条件らしくそれならば千尋と行けと森に云われたのだ。
何故彼女と。必要ないではないか。
そう訴えたが森は面白そうに笑うだけで太宰の意見を聞いてくれることはなかった。
「それでね、」
千尋の控えめな声が聞こえ太宰は其方に目をやった。視線の先ではいつも無表情の彼女にしては珍しく薄らと頬を赤らめ何かを誰かに話している。
何その顔、腹立つんだけど。
眉間に皺を寄せたまま近づけば千尋が中也と話していることに気が付いた。
何で彼奴と話してるの?また、腹が立った。
わざとらしく足音を立てながら近づけば流石に気付いたらしい千尋が太宰に目を向けた。太宰の姿を見て、びくりと肩を揺らした彼女に苛立ちが募る。
彼女の隣では中也がうわ、とあからさまに厭な顔をしていた。
普段ならばそんな中也をおちょくるような言葉が出てくるのだが、今は変わらない無表情で此方を見ている千尋に腹が立っているので無視だ。
「ねェ、千尋。仕事だから来て」
「え、あ、」
千尋の返事を聞かずそのまま足を進める。中也が溜息をついたように聞こえたのは気の所為かもしれないが、彼女が中也に向かって「後でね」と声をかけたのは気の所為ではない。
無言のまま足を進めて不意に足を止める。後ろをついてきていた千尋が困惑したような気配を感じたがそれには何も触れず、太宰は口を開いた。
「君を見てると、イライラする」
「え、」
太宰が思っていたよりも冷たい声に千尋が傷ついたような声を出したような気がするがこれもきっと気の所為だ。
嗚呼、腹が立つ。
ふつふつと湧き上がる感情を何も考えずに千尋にぶつける。
「中也のことが好きなのかもしれないけどさ、建前上は私の恋人ってこと理解してくれないと困るのだけど」
「あ…ご、めん」
「別に君と中也の関係がどうなろうと私には関係ないけど、私を厄介事に巻き込むのだけは止めてくれ」
「……判った」
か細い声で絞り出すように言う千尋。後ろに顔を向けていないのでその表情を窺うことは出来ないがどうせいつものように無表情なのだろう。そう決めつけて太宰は再び足を進める。
──だから気付かなかった。千尋が泣きそうな顔をしていることも、何故千尋がそんな顔をしているのかも。
己が抱く感情の名を知ろうとしなかった太宰は、このことを酷く後悔することになる。
「一野辺くん。君は今日から太宰くんの『恋人』だ、いいね?」
「……はい」
首領である森の言葉に千尋は静かに頷く。隣にいる彼は露骨に厭そうな顔をしたけれど千尋は密かに喜びを噛み締めていた。
初めて出会った時からずっと恋焦がれているひと。
例え利害関係の上に成り立つ仮初のものだとしても、彼の隣にいてもいいという事実はとても嬉しい。
然し、と思う。彼は自分のことを酷く嫌っているのだ。
目が合えば露骨に逸らされるし、接触も最低限に済ませようとする。その最低限の時でさえ厭だという感情を隠そうともしていないのでかなり嫌われているのだろう。
嫌われている理由は判らない。ただ嫌われている。
理由が判れば改善することも出来るのだが判らない。師である尾崎にぽつりと零すように相談した時は「気にすることはない。あの小僧も可愛らしいことだのう」と笑っていたので、あまり気にしなくてもいいのだろうかとも思ったが、理由も判らず嫌われているというのは中々辛いものがある。
森から彼の恋人『役』を務めるようにと云われたのはそんな風に悩んでいた時だった。少しでも嫌われている理由が判ればいいな、そんな軽い気持ちでいたことを千尋は後悔する。
「君を見てるとイライラする」
彼が仕事だと声をかけてきたのは中也と談笑している時だった。
彼ともう少しだけ距離を縮めたい、いい贈り物を知らないかと中也に相談していた時に声をかけられたので聞かれてしまったかもと肩を揺らしてしまった。
それからいつもよりも機嫌が悪そうな彼の後ろをついて行っていると、不意に立ち止まった彼にそんなことを云われた。
胸を貫かれた気分だった。
嫌われていることは理解している。けれどもこんなにも冷ややかな声を向けられたのは初めてで、きゅうと胸の奥が痛んだ。
「中也のことが好きなのかもしれないけどさ、建前上は私の恋人ってこと理解してくれないと困るのだけど」
「あ…ご、めん」
「別に君と中也の関係がどうなろうと私には関係ないけど、私を厄介事に巻き込むのだけは止めてくれ」
「……判った」
そんなことはない。自分が好きなのは貴方だと伝えて、信じてもらえるだろうか。…きっと信じてもらえない。
自分の考えに涙が溢れてしまいそうになるが耐える。泣いて、これ以上呆れられたくない。
先に歩いていく彼の後ろをついていく。嗚呼、こんなにも近くにいる筈なのにとても遠く思うのは何故だろう。
「治、くん」
縋るように名前を呼んだ。
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夢さま、リクエストありがとうございました〜!
愛讃歌の太宰さんは探偵社に入って夢子ちゃんが死んだことを知って恋心を自覚した、という設定なので黒の時代は塩対応気味です(-_-;)
太宰さんは他人の感情の変化には敏感だけど自身の感情には無頓着っぽいよなぁということでこの流れになりました!
気に入っていただけると嬉しいです^^
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