不運


男は不運であった。
勤めていた会社が倒産し、長年付き合っていた彼女にフラれた。
どうやら最近通っている喫茶店の店員に恋をしたらしい。

「彼の方がずっとイケメンで、貴方なんかより気遣い上手で素敵な人よ」がトドメの言葉だった。

どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。男は真面目だった、真面目故にその怒りの矛先を間違えてしまった。
──怒りを爆発させた男がとった行動は強盗だった。

犯罪発生率の高い米花町では素人の男が起こす強盗など日常茶飯事で、直ぐに人々の記憶から風化していくことだろう。
だがそうだとしても一時だけだとしても誰かの心に傷を残せればそれで良かった。

何とか拳銃を入手し、強盗らしい目出し帽を被り近所のスーパーに乗り込んだ。
人々は銃声に怯え、男の指定した場所に固まって座り大人しくしている。

俺の勝ちだ。
誰と勝負しているのか男自身にも判らないが誰に言うでもなく心の中で宣言していた男は知らなかった。

人質の中に嘗てマフィアに所属し今も体を鍛えている二人組と現役の警察官、──それと変装しているがFBI捜査官がいることを。

男は只々不運だった。






ガムテープで人質の手首を巻いていく強盗犯を千尋は冷めた目で見ていた。
どうやら素人でろう男は覚束無い手つきで人質を拘束していく。

犯行も単独で行っているようだし、何が目的なのやら。
余りの退屈さに欠伸が出そうになってしまい、一応緊迫した状況なのだからと俯いていると横から気遣わしげな声がかかった。

「大丈夫ですか? 」
「あ…平気、です」

欠伸の所為で涙が滲んでいるのを見て声の主である安室が悲痛で顔を歪めた。きっと安室の目には強盗犯に怯える少女に見えているのだろう。実際はそんなことはないのだが。

全員の手首を拘束し終えたのか、強盗犯がふうと満足気に息をついた。
油断し過ぎだ。若しこの男が己の部下だったならば蹴り飛ばして説教だろうか。もう少し己は犯罪を行っているという自覚を持った方がいい。

前世は犯罪者──マフィアだった為かつい其方目線で見てしまう。

「一野辺、お前の…あ、いや。大丈夫だな」
「?」

織田に声を掛けられるも、其れは解決したらしく口を閉ざしてしまった織田に首を傾げる。
そう云えば彼の異能力は未来予知だった。何か視たのかと千尋が思案していると強盗犯が鈍い音を立てながら吹っ飛んだ。

そのまま商品が陳列している棚に激突しピクリとも動かない。呻き声もあげずに気絶したようだ。
先程まで強盗犯が立っていた場所には眼鏡の青年が立っており、その手首にはガムテープが巻かれていない。自力で剥いだのか。

犯人が気絶したことにより、外で待機していた警察たちが乗り込んでくる。

「……帰るのが遅くなりそうだな」
「仕方ないよ」

一気に騒がしくなった店内。余りにも呆気ない幕引きに呆れたように息を吐く。
犯人の目的が何なのかは知らないし興味もないが、犯罪を犯すのならもう少し賢く立ち回るべきだっただろう。

例えば仲間を集めるだとか、拘束するものをガムテープではなくロープにするだとか。
全て終わった話なので何の意味もないが。

ガムテープを織田に剥いでもらい、己の手首を確認する。薄らと赤くなっているが横浜に帰る頃には赤みも引いていることだろう。
安室のガムテープも剥いであげようと隣を見るが其処に安室の姿はなかった。何処かに行ったのだろうか。

「一野辺。早く帰ろう」
「あ、うん」

安室の姿を探していた千尋は気付かなかった。
千尋に向かって伸ばされていた手を。その手の主を織田が睨んでいたことを。
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