約束


「小説家になりたいんだ」。
友人の恋人『役』である彼女にそう零したのは一体何時だったかは覚えていない。ただの雑談だったか、ポツリと零した其れに彼女は僅かに目尻を下げた。
「本が出たら読ませてね」。友人たち以外の構成員には嗤われる其れを彼女は酷く楽しそうに云った。
──其れが彼女との最期の会話である。




ポアロの買出しの為スーパーに来ていた安室は自己嫌悪に襲われていた。
言わずもがな、先日の公開告白の件である。あれから相手の少女はポアロに来ておらず、それが尚のこと安室の心にダメージを与えていた。
幼馴染の命の恩人である彼女のことは助けられた際に身辺調査を行っているのでよくよく知っている。

一野辺千尋、帝丹高校に通う17歳。
幼少期に両親と死別、身寄りがなく施設に預けられていたが中学生のころに引き取られ現在に至る。実家は横浜にあるが進学の際に東都に来ており現在は一人暮らし。

……恐らくだが引き取られた先で上手くいっていないのだろう。その姿が過去の己に被ってしまう。

彼女がポアロに来ると想定しなかったという訳ではない。
ただまさか自分があの場所で告白するとは思いもしなかったのだ。確かに幼馴染の命を救ってくれた彼女のことを調べていく内に恋に落ちていたことは自覚している。
しかし例え彼女と出会ってしまってもこの想いを告げるつもりはなかったのだ。己が背負う桜の代紋に誓ってもいい。

因みにこの一連の流れのことを幼馴染に伝えると爆笑した後で「手を出したら逮捕だからな」と真顔で言われてしまった。洒落にならないので止めてほしい。

「はぁ…」

確かに見知らぬ男に急に告白されても困惑しないだろう。実際彼女も困ったように眉を下げていたし、どう答えるべきか迷っていたように思う。

またポアロに来てくれないだろうか、そんなことを考えながら商品を手に取る。安室自身性急すぎたという自覚はあるので、此れから自分のことを知ってほしいとは思う。
その為に接点を持たなければ、と意気込んだ時だった。

「織田くん、あったよ」
「ああ、すまない。ありがとう」

安室の耳に先日聞いたばかりの涼やかな声が届く。見逃さないように勢いよく其方を見れば彼女──千尋が見知らぬ男の持つカゴにカレーのルーを入れるところだった。

「一野辺さん?」
「え、」

つい名前を呼んでしまった。安室の声に千尋が不思議そうに反応した。そして安室の姿を見ると気まずそうにそっと目を逸らした。あからさまな態度に少々傷つくが、彼女に自分を知ってもらおうと意気込んだばかりだ。
怯まず、人が良さそうな笑みを浮かべて挨拶をする。

「お買い物ですか?」
「え、あ、そんなところ、です」

ポアロで出会った時も思ったが千尋はあまり喋らない質らしい。人と話すのが得意ではないようで視線を彷徨わせている。それも彼女の壮絶な過去のせいだろうか。

千尋が紙面の上だった存在の時には知り得なかった情報だ。こうして言葉を交わして紙面には載っていない情報を知れるというのは嬉しいことだ。

なんて少し嬉しく思っていると千尋の傍に立っていた男が口を開いた。

「知り合いか?」
「え、っと」
「こんにちは、安室透といいます!お兄さんですか?」
「そんなところだ」

安室の問いに男は何故だか曖昧な表現をする。彼女の身辺調査をした際に兄がいるという記述はなかったので聞いてみたが、どうやら違うようだ。

二人の関係を考えつつ笑みを浮かべていると男が何かを思い出したかのように言葉を漏らした。

「告白してきた男か」
「…何で知ってるの」
「中原さんがだな」
「あのゴリラ……」

彼女が悪態をつく。成程、彼女はそんな風に言葉を吐くのか。これも紙面の上では知れなかったことだ。嬉しいという感情と共に彼女の中に己以外の男が根付いているということに嫉妬してしまう。

その男とどんな関係なのか、彼女の全て知り尽くしたいと思うのはおかしいことではないだろう。

二人の会話に割り込もうとした時銃声と甲高い悲鳴が店内に響いた。

「静かにしろ!一か所に固まれ!!」

そう怒号をあげるのは一目で強盗と判るような目出し帽を被った男だった。
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