少女


「お兄さん、こっちだよ」

まるで人形のような少女に出逢ったのは嫌味な程美しい月が出ている夜だった。




江戸川コナン、基、工藤新一には気になっているクラスメイトがいた。

そのクラスメイトの名前は一野辺千尋。
いつも教室の片隅で読書をしている彼女と話したことはないが、校内外問わず有名人である彼女のことを新一はよく知っている。
濡羽色の髪、黒曜石のような瞳。雪のように白い肌は唇の赤さを際立たせている。何よりも人目を引くのはその顔立ちだ。

精巧な人形のような顔立ちに大女優を母に持つ新一も見惚れてしまったのをよく覚えている。幼馴染の蘭や園子も時折うっとりとした目で彼女を見ていた。

更に特筆すべき点は彼女の雰囲気だろうか。
十代の少女にしては妙に色気のある雰囲気を漂わせているのだ。つい、手を出してしまいそうな、そんな危うい雰囲気を。

そんな彼女だから学校ではいつも一人で、誰かと親しそうに話しているのを見たことはない。口数が少なく表情も殆ど変わらないのが原因かもしれないが。

何処か大人びていて、冷たさを感じるような彼女についた渾名は「氷の女王」。誰がつけたかは知らないが彼女によく似合うと思ったのは内緒だ。

──何故コナンがそんなことを思い出したのか。それは目の前で彼女と蘭が楽し気に言葉を交わしているからだ。学校では見たことのない穏やかな雰囲気を纏う彼女は本当に楽しそうで蘭も嬉しそうに頬を緩めている。



きっかけは小五郎から仕事で遅くなると連絡が入ってきたことだ。
夕飯もいらないということで、それならばと夕飯をポアロに食べに来た。いつものようにポアロに入れば、漂う緊迫した雰囲気に事件でも起きたのかと心配したのだがその予想は違った。
窓際の席に一人で座り、読書に勤しんでいる少女に誰もが目を向けていたのだ。

「……」

店にいる客や店員である梓の視線を奪っている彼女は黙々と本を読んでいる。此方の視線に気付いているのかいないのか。千尋の様子から見れば気付いていない可能性の方が高そうだ。

ふと千尋が読んでいる本のタイトルが目に入った。それは最近発売されたばかりの推理小説で、コナンも読もうと思っているものだった。

何故彼女が此処にいるのか、と興味を抱くと同時に話が合うかもしれないという期待に胸が高まる。

「ねぇねぇお姉さん!お姉さんも推理小説好きなの?」
「あ、コナンくん!」

傍まで駆け寄りそう聞けば、少しばかり驚いた顔の千尋がコナンを視界に入れる。
後ろから蘭が焦ったような声を出しているがそれは聞こえないフリだ。誰にも心を開いてい彼女はどんな人間なのか知るチャンスを逃す気はない。

無邪気な子供を装って隣に座ってもいいか聞けば千尋はぎこちなく頷いた。あまり子供に慣れていないのかもしれないが彼女を知るチャンスだ。わーい!と嬉しそうな声を上げてコナンは千尋の隣に座った。

「それ、最近発売されたばっかりの本だよね?ボク、それ探してたんだけど何処にもなかったんだぁ。お姉さんはそれ何処で買ったの?」
「……まだ小さいのに難しい本を読むんだね」
「そ、そうかなぁ?」
「ごめんね、一野辺さん!コナンくんが急に」
「別に、気にしてない」

千尋の指摘にぎくりとしながらも笑顔を浮かべる。へぇ、と興味なさそうに言葉を漏らした千尋に蘭が慌てて頭を下げた。それに淡々と答える千尋。氷の女王、なんて渾名に相応しく淡白な性格をしているようだ。

コナンが知る限り千尋と蘭が親しく話している様子を見たことはない。蘭と園子はいつも話したそうにしていたが。
突発的に話しかけたが迷惑だったかもしれない、と今更ながらにコナンが後悔していると千尋がパタンと本を閉じた。

「毛利さんも、よかったら座れば」
「え、う、うん!ありがとう」

ぎこちなく笑った蘭が千尋の前に座る。少々居心地が悪そうな蘭のことを気にしていないようで千尋は平然とカップに口をつけていた。

「えっと、一野辺さんはどうして此処に?」
「…待ち合わせで。目に、ついたから」
「そ、そっか」

沈黙。

「…この子、毛利さんの弟?」
「あ、コナンくんは新一の遠い親戚なの。少し事情があってうちで預かってて…」
「…そうなんだ」

沈黙。
二人が話題を探していることがコナンにはよく判ったが、二人とも緊張しているのか会話が続かない。一言二言会話しては口を閉ざしてしまう千尋と蘭に、コナンが助け舟を出すに口を開いた。

「ボク、お姉さんとお話したいから此処でご飯食べたいな!いいかなぁ?」
「私は、別に。その、毛利さんが良ければ。……話でも」
「うん!」

嬉しそうに笑う蘭につられたのか、千尋が僅かに口角を上げたのが見えた。
笑っ、た?蘭は気が付いていないようだが今、千尋は確かに笑った。その僅かな変化にさえ見惚れてしまうのだから美人とは凄い。

こうして千尋と夕飯を──千尋自身はカフェオレだけだが──とることになったのだが、話してみれば案外千尋は話しやすい人物だった。
口数は少ないがきちんと受け答えはするし、彼女のことを氷の女王だなんて称した生徒は千尋の冷ややかにも見える外見からそう名付けたのだろうと予想できる。

会話を楽しんでいる女子高生たちに周囲の客も和まされたのだろう、先ほどまでの緊張した雰囲気は消え失せいつものポアロに戻っている。

「すみません!遅くなりました」
「大丈夫ですよ、今日は落ち着いているので」

買出しにでていたのだろう、もう一人の店員である安室が買い物袋を抱えて入ってきた。彼の登場に安室目当ての客が数人色めきたった。

──安室が此方を見て目を見開いているのは気の所為だろうか。否、気の所為ではない。彼の素性を知っているコナンからしてみれば安室が表情を取り繕えなくなっているのは珍しいことだ。何かあったのだろうか。

安室の視線を辿ってみれば蘭と千尋が楽しく会話している姿しかない。

コナンの疑問の眼差しを受けている安室は何事もなかったかのように買い物袋をキッチンに置き、いつものポアロのエプロンを纏って此方に近づいてきた。そして唐突に千尋の手を取った。

「す、すきです」
「えっ」

突然の告白に驚いたのはきっとコナンだけではない筈だ。
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