自由


何処にでも行ける。何処にでも行ける、自由がある。










森に名前を云い当てられたキッドの体が判りやすく強張ったのを見ながら千尋は欠伸を一つ漏らす。

先に戻りたいというのが本音だが森に供を言い付けられたのは自分なので、森を置いてこの場を去る訳にはいかない。

キッドに会いに行ってくると森が云った時、千尋含む太宰除く元マフィア組は口々に反対した。

ヨコハマが横浜になり、マフィアでなくなっても森は付き従うべき人であるからだ。森の強さを十分理解しているが此処で独りにしてしまったら冗談抜きで中也に殺されてしまいそうだ。

中也怒ったら五月蠅いからなぁ。

ぼんやりとそんなことを考える。同い年であった前世でさえ千尋の兄貴分ぶっていた中也だが、今回の生で年が離れた所為か余計に酷くなった。

中也の怒りのポイントは理解できるし、怒られている理由も理不尽ではないので不満はないのだが如何せん説教が長い。

しかも今回については森直々に千尋を指名しているので余計にだろう。
薬を嗅がされ眠らされていた体には少々きついものがある。今だって気を抜けば眠ってしまいそうな程の睡魔に襲われているのだ、説教などされていたら最中に寝てしまう自信がある。

中也に聞かれれば胸を張って云うなと小突かれてしまいそうなことをつらつらと考えていると、黙っていたキッドが口を開いた。

「お断りします。私は何処にも属しませんから」

本名を当てられ内心では焦っているだろうに忽然とした態度を崩さないキッドに千尋はそっと拍手する。

中々見どころがある青年だ。同い年と聞いているし是非友人になりたいところだが、そうすると命の保証が出来かねないので辞退しておこう。

「そうか…それは残念。まぁ何かあれば連絡し給え、君の御父上には世話になったからね。出来る範囲で手助けしよう」
「謹んでお断りしますよ。レディ、これを」
「あ、はい」

キッドが「天使の涙」を差し出してきたので白いハンカチを取り出しそれ越しに受け取る。

千尋もこの宝石に全くの興味はないがビックジュエルと呼ばれる程だ。相当の値が張ることは予想できるし何よりこれは他人のものだ。傷をつける訳にはいかない。

慎重に「天使の涙」を受け取った千尋にキッドが薄く笑みを浮かべる。なんだろうか、ただの女子高生がこうして宝石を扱うことが珍しいのだろうか。

首を傾げ、何か、とキッドに問うたがキッドは何も答えず静かにその場を去った。

「一野辺くん。それは私から鈴木相談役に返しておこう」
「はい、お願いします」
「それと、大変だと思うけど頑張ってね」
「え?」

森の言葉に首を傾げる。この後何か予定があっただろうか。見当もつかない。

首を傾げる千尋に森が苦笑いを浮かべながら、先に戻っておくよと屋上を出ていった。森がいないのなら千尋もこの場にいる意味がない。森にコートを借りているお陰で寒くはないが早く着替えたい。

取り敢えず、で着せられた薄手のワンピースは体を動かす度に僅かだが千尋の肌を晒す。太宰に見られてしまったら大変そうだ。

そう思い、出口へと足を動かした千尋の前に立ちはだかる一人の人物に思わず頭を抱えそうになった。

「やぁ、千尋。随分といい恰好をしているね」

あちゃー。
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