誤認


目に見えるものが全てとは限らない。










体は未だに動かない。後ろに立っているであろう少女はこの手のことを何か知っているのだろうか。それとも彼女がこれを?

様々な考えが頭を過るが確信は得られない。さて、これからどう行動すべきか。

「返してほしいのだけど」

自分が発していたよりも幾分か平坦な声で少女が言う。

「天使の涙」を追って此処まで来たのだろうか。「天使の涙」は伸ばしかけているキッドの手のひらの上にある。
自分は身動きできないのだから取ればいいではないか、と思うがそれを口にすることはない。まだ目的は達成されていないのだ。

コツコツ、と足音を立てて少女がキッドの正面に回る。月を背にしてキッドを射抜く瞳は黒々としており、少女の考えを読み取ることは出来ない。

ふわり、と身に纏っている薄手のワンピースが風で揺れる。

「……「天使の涙」のことでしたら、少しだけ待っていただけますか?」
「そっちじゃなくて」

白く、細い指がキッドの顔を指さす。

「私の姿」
「……成程。ではこれを外していただけませんか?手が動かなくては解くことも出来ない」
「ああ、そうだね」

少女がこの手を仕掛けたのか確信が持てなかったが、そう言えば簡単に頷いた。

あまりの軽い言い方に拍子抜けしていると少女が戻ってもいいよと声をかける。誰かがいるのか、と思えばキッドを拘束していた手が緩みゆっくりと少女の足元──影へと消えていく。

あまりにも現実離れした光景に声を上げてしまいそうだったが寸でのところで堪えたのは怪盗としての意地だった。

拘束が解け、キッドの体に自由が戻ってくる。瞬き一つの間に少女の姿からいつもの姿から戻れば少女が僅かに目を丸くした。随分と大人びた雰囲気の少女だが驚いた顔は年相応だ。

ポン、と軽快な音と共に現れた赤い薔薇を一輪差し出しながらキッドは恭しく一礼する。

「此れで宜しいですか?レディ」
「……そうね、ありがとう」
「おや、薔薇は受け取っていただけないのですか?」
「死にたいのなら」
「……遠慮しておきましょう」

短く言われた物騒な言葉にキッドは素直に薔薇を消す。
中身がキッドであると知っていても少女には男一人近づけなかった恋人という男を思い出す。あの男ならば本気でキッドを殺しにかかりそうだ。

頬を引き攣らせながら男のことを思い浮かべているとうん、と少女が一つ頷いた。

「やりたいことがあるならどうぞ」
「、一体何のことやら」
「誤魔化さなくともいいだろう?怪盗くん」
「!」

新たに聞こえてきた声に後ろを振り向けば、そこにはオールバックの男がコートを片手に立っていた。

その顔は知っている、今回の下調べの際にPDAのことも調べた時副社長として顔と名前が出てきた。確か名前は森といったか。

「そう警戒しないでくれ給え。私たちは君を捕まえる為にこの場にいるのではないからね。あ、一野辺くん。これを着なさい、風邪を引いてしまうよ」
「ありがとうございます…くしゅんっ」

流石に薄手のワンピースだけでは寒かったらしい。森からコートを受け取りながら少女がひとつくしゃみをする。

そのやり取りをキッドは警戒しつつ見つめた。

「私が捕まえるのが目的ではないのなら何が目的なんです?」
「いや、簡単なことさ。君、我が社に入らないかね?」
「…は?」

予想もしていなかった言葉に少々気の抜けた声が出る。この男の考えが読めない。

何を企んでいるのか。依然として警戒を解かないキッドに森は嬉々としながら語る。

「君の変装技術は素晴らしいものだ!我が社は職種柄今日のように宝石の警護任務にあたることもある、君の求めるビックジュエルと触れる機会など普通よりも多い。悪い話ではないと思うのだがね、──黒羽快斗くん」
「!」

呼吸が止まったかと思った。
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