希望


手を差し出されるのを待っている。迎えが来るのを待っている。
───例え其れが希望になり得ない希望だとしても。
私は。







右足が義足ではないこと、その首筋に昨夜つけたばかりの痕がないことを指摘すれば最愛の人の姿をしたコソ泥は黙り込んだまま動かない。

周囲にいる著名人たちはこの場の雰囲気が変わったことに気が付いているようだが触れてくるつもりはないようで、遠巻きに危害が加えられないか眺めているだけだ。

太宰が「昨日沢山可愛がってあげた痕がないからね」と指摘した際に一瞬で真顔になった安室が此方を般若のような形相で見ているが太宰は気にしない。合意の上で愛し合うことの何が悪いのか。

密かにやって来た警察たちが身柄を取り押さえる為に静かに、しかし確実に近づいてくるが決定的な一手を使えないのはコソ泥の胸元で輝く「天使の涙」とやらがあるからだろう。

「天使の涙」というには毒々しい赤をしているそれに全く興味はないのでとっとと捕まえてほしいところだ。

不意にキッドが俯いていた顔を上げた。

「治くんは…信じてくれないの……?」

白い頬を伝って零れていく涙。それを見て警察官は伸ばしていた手を止めた。

悲痛な面持ちで声で、見る者の庇護欲を刺激するような泣き顔は確かに千尋とそっくりだ。しかしその涙を見て太宰の心は欠片も動かない。

「泣くならもう少し上手に泣き給え。千尋はもっと美しく泣くよ」
「……チッ!」

泣き顔から一変し、顔に似合わない舌打ちをしたキッドは懐から何かを取り出すと勢いよく床に叩きつけた。

煙が吹き出し、同時に会場の照明が落ちる。突然暗闇に包まれたことにざわめきが生まれる。

煙と暗闇に紛れて逃げる心算なのだろう。逃走経路は森や乱歩と共に予測し、腕っぷしの強い中也や芥川、敦を配置しているので心配はいらない。

太宰が考えるのは千尋のことだ。
とうにPDAの誰かに見つけてもらっているだろうが太宰には一つも連絡がない。余計に触れられていないだろうか、肌を晒していないだろうか、どこか怪我をしていないだろうか。

万が一にでもキッドによって傷がつけられていたのなら。有り得ない未来を考えるだけで心がざわついてしまう。嗚呼、心配だ。

「……よし、行こう!」

誰に云うでもなく呟いて会場を後にする。福沢や乱歩が残っているし、上手くフォローしてくれるころだろう。早く千尋の姿を確かめて安心したい。

後ろを影が三つ追いかけてきていることに気付いているがそれを指摘するのも億劫だ。







正体を見破られた怪盗キッドは会場の外──より具体的に述べるのならば会場となっているビルの屋上にいた。

「はぁ〜〜〜〜なんだよ、あいつ…こっわ……」

キッドが姿を借りていた少女の恋人という男。
正体がキッドと判っていながらも傍にいたのは監視の為だったらしく、本物の少女と一緒にいられなかったと八つ当たりのようなことも言われた。

しかも見破り方が少々アレで、あの名探偵すらちょっと引いた顔をしていた。

──鬱血痕の有無で見破るとかどうなんだよッ!!

心の中で叫ぶ。恋人ならそういった行為もしていると思うがそれを公衆の面前、というより少女の友人たちの前で暴露するのは如何なものだろうか。

きっと本人が合流した後は気まずい空気が流れることだろう。可哀相に、と少女に対し心の内で合掌しつつ「天使の涙」を取り出す。

これが目当てのものか否か、さっさと確認してからこの場から立ち去ろうと手を空に向かって差し出そうとした時だった。

「……はっ!?」

体が、動かない。

神経毒や麻酔の類ではない。ならば縄か何かかと己の体を見下ろして、キッドは背筋が凍る。黒い、手のようなものがキッドの体に巻きついていたのだ。

それも一つや二つではない。幾つもの手が地面から伸びてキッドの体を拘束している。

「くそっ、なんだよ、これ…!外れねぇ!!」

手から逃れようと藻掻くが一向に外れない。一体何なのだ、これは。
自分は幻覚でも見ているのだろうか。焦りからそんな考えをし始めたキッドの耳に声が届いた。

「こんばんは、怪盗さん」
「……これはこれは」

その声は先ほどまで──そして今も姿を借りている少女のものだった。
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