剥ぐ
一枚二枚と、その顔を覆う皮でも剥ごうか。
江戸川コナン、と名乗った少年の言葉に千尋の姿をしたコソ泥は困惑の表情を浮かべている。
何かを考え込むような表情を見せたのは一瞬で、今はもう平然とした顔をしているのは流石と思うべきなのだろう。
中也はコソ泥と太宰の動きを会場の隅でじっと見つめていた。
江戸川少年の言葉にコソ泥はうん、と一つ頷いて視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「右足のこと、だよね。うん、もう大丈夫。怪我は治ったよ」
「おや、それはおかしいね」
安心させるように僅かに笑みを浮かべる表情は千尋そのものだ。しかしどこか作り物めいた雰囲気が本人ではないことを伝えてくる。
コソ泥が右足、と云った通り千尋は前世から右足を欠損している。
勿論足が片方ないというのは生活に支障をきたすので義足をしようしているのだが梶原特製の義足は間近で見なければ判らない程に精巧に出来ている。
千尋自身義足だということはあまり知られたくないようで境目に包帯を巻いたり、ロングスカートなどを着用し足が目立たないようにしている。確か今日は包帯を巻いていた筈だ。
それを見た故にコソ泥は怪我は治ったと云ったのだろう。だがそれをおかしい、と太宰が面白そうに指摘している。
「君の足は二度と治らないというのに」
「え?太宰のお兄さん、それどういうこと!?」
「どういうことも何も、そのままの意味さ。千尋の右足が治ることなんて一生有り得ないんだよ」
そりゃそうだ。義足なのだから壊れて修理することはあっても、足そのものが生えてくる訳がない。
治癒系の異能を持つ与謝野が治そうか?と本人に打診していたが、千尋はそれを頑なに断っていたのを思い出す。
何をこだわっているのか知らないが、義足であるということを知られたくないのなら素直に治してもらえばいいのに。
「なんたって、──彼女の右足は義足なのだからね」
太宰が云う。先日遭遇した沖矢、という青年は驚いていないが千尋に言い寄っているという安室という青年や友人である少女たちはひどく驚いた顔をしている。
それから僅かに眉を下げている。あれは「足が不自由なのに気付いてあげられなかった」という表情だろうか。
同情や憐みを向けられたくないから、と千尋が隠しているのに暴露してしまった太宰に中也は深く溜息をつく。
どうせ暴露することで千尋が居辛くなって帰ってこればいい、などと考えていることだろう。それで横浜に帰ってくるような女ではないと知っているだろうに諦めの悪い男だ。
はぁ、ともう一度深い溜息をついて事の成り行きを見守る。
「──さて。以上が君が千尋ではないと判断した理由だが…反論があるのならしてみたまえ」
全て打ち破るけどね、とにこやかに付け足す太宰。
聞き逃してしまったが、どうやらあの『千尋』が千尋ではないという理由を述べたらしいが、周囲の人間は顔を赤くしたり真顔になっていたりと中々バラエティ豊かだ。
恐らくだが太宰はコソ泥が『千尋』の姿をしていることに耐えられなくなったのだろう。故に予定外の今、化けの皮を剥ごうとしているようだ。
「彼奴も案外餓鬼だよなァ」
千尋が先に逝かなければこんなことにはならなかったのだろう。誰にも向けることの出来なかった恋慕が歪となって表に出てきているのが今の状況なのだから。
まぁそれを今云ってもどうにもならない。全ては終わったことなのだから。
「芥川、そろそろ準備しておけよ」
『承知』
インカム越しに芥川のどこか殺気立った声が聞こえてくる。
ああ、そうだった。こっちもだ。本当に面倒なことになったものだ。
「生け捕りだからな、忘れンなよ」
『然し中也さん、千尋さんが傷一つでも負っていたら僕は……!!』
「待て、落ち着け」
向こう側で芥川が荒れるのを宥めながら中也はコソ泥の動きを注視する。怪盗キッドは、未だ動かない。