疑惑


これは彼女じゃない。
違和感はあったが何も痕が残っていない首筋で違うと確信した。昨晩も執拗につけた所有印がこんなにも早く消えるなんてことは有り得ないだろう。

白粉か何かで隠したのかと思いもしたが、痕は見えにくい位置につけたし何より彼女自身が隠そうとはしないのでそれも有り得ない。

敢えて名前を呼ばずに接しているので周囲も薄々気付いたようで、なんとなく皆が傍にいる状態だ。少々居心地悪そうにしているが、──つまり件のコソ泥は千尋の姿を借りる為に彼女を何処かに押し込んでいるということだろう。

彼女の異能力から考えて光がある場所ならば勝手に動き出すだろうし、ならば暗闇になるような、例えば倉庫や物置などに閉じ込められている可能性が高い。

「早く行ってあげないとね」
「…?何か言った?」
「いや何も」

思わず口から零れた言葉に彼女の姿をしたコソ泥が反応する。片時も傍から離れないので気味悪そうな目を向けてくるが、まあ自業自得だ。
鈴木相談役に呼ばれたと芥川が呼びに来たので、コソ泥の手を握って其方へと足を進める。嗚呼、彼女を抱き締めたい。





バレたのではないか。
己の予想に背筋が冷たくなった。己が扮する怪盗キッドに鈴木次郎吉がいつものように伝手で手に入れたビックジュエルを餌に挑戦状を叩きつけてきた。
それを断る理由もないし、わざわざビックジュエルを用意してくれるのなら目的の品を探す手間も減るので有り難く受けた。

横浜にあるPDA社という何でも屋が今回は警護につき、囮に社員を使うと聞いた時は今回も楽に盗み出せると思ったのだが罠に嵌ってしまったかもしれない。

お手洗いに、と一人になった少女をいつものように眠り薬を嗅がせて意識を奪いその服を頂戴して(弁明しておくが少女の裸は見ていない)、何ともない顔でPDAの面々の中に混ざり込んだのだがまさかこんなにも面倒臭そうな男がいるとは思わなかった。

少女と年が少し離れているように見える男は執拗に触れてくるし、何処かに行こうとしてもついて来る。手の内の者が偶然を装って近づこうとしてもさり気無く牽制され未だに接触出来ておらず細工も何も出来ていない。己の胸元に目的であるビックジュエルがあるのに、だ。

「疲れるわー…」

もしかしてあの少女はこんな息苦しさの中で生活しているのだろうか。そうだとしたら心の底からの労わりを贈りたい。





普段と違うと思ったのはその言動、態度だ。
会場に入る際の太宰の睦言のような戯言に困ったように眉を下げる様は明らかに普段と違った。いつもなら恥ずかしそうに視線を彷徨わせた後に僅かに頬を染めて、って、

「なんで俺がそンなこと知ってンだよ…知りたくもねェわ……」

昔から知っている奴の床事情など知りたくもない。厭なことを考えてしまったと眉間に皺を寄せていると、何処かに行こうとしている『千尋』の腕を太宰が掴んで引き止めているのが目に入った。

笑っているのに冷ややかなその目は『千尋』が千尋ではないことを物語っている。件の怪盗が変装を得意としていることは耳にしているので、十中八九アレは千尋ではないのだろう。

流血沙汰にならなきゃいいが、とどこか他人事のようにその景色を眺めた。





鮮やかな赤のドレスを身に纏い、あの男の傍にいる恋焦がれて止まない彼女。
パーティーに参加出来ないかもしれない、と落ち込んでいたので何とか彼女の養母に連絡を取って参加できるようにと手を回したのだが無事に参加出来たようだ。

良かった、とは思うが一度も此方に来てくれないことに少しだけ不満を抱く。何かをしてほしくて手を貸した訳ではないので別に構わないのだが、普段の彼女ならきっと少し頬を赤らめ照れながら御礼を言ってくれたことだろう。

──恋人というあの男が傍にいるから、此方に来てくれないのだろうか。
蘭も園子も、彼女が参加している姿を見て喜んでいるようだが此方に来てくれないことに寂しさを感じているようだ。これは此方から行くしかない。

「皆で千尋さんのところに行きませんか?もしかしたら此方に来たくても難しいのかもしれませんし」
「そう、ですね。人が沢山いるから気付いていないのかもしれないですよね!」

そうと決まれば話は早い。早速彼女たちと接触しよう。




誰だ、あれは。
尊敬する師の隣に立つ、姉のような存在の人の姿を借りている誰かに怒りが湧く。師の隣に立っていいのは、あの人だけだ。漸く叶った恋に静かに涙を零したあの人だけが許されているのだ。

すぐさま傍に駆け寄り師から引き剥がし、その顔の皮を剥いでやりたい欲求に駆られるがそうしないのは偏に師がそうしないからである。何か考えがあるのだろう、己の考えなど遠く及ばない何かが。

「おい、芥川。眉間に皺寄ってるぞ。折角のパーティーでそんな顔するなよ」
「五月蠅い人虎、貴様には関係ないことだ」
「なんだよ、関係ないって!」

ちらり、とあの人を窺う。何の反応もない。普段ならばこの様な場で、と苦言が飛んでくる場面だ。
矢張りアレはあの人ではない、と鮮やかな赤のドレスを纏った誰かを睨んだ。





目を開けると暗闇が広がっていた。
成程、件の怪盗はまんまと罠に嵌ってくれたらしい。後で太宰や中也に怒られるかもしれないが、作戦が上手くいっていることに安堵する。

目隠しがされ、両手は背中に回して縛られ、丁寧に足も縛られている。床に厚手の布のようなものが敷かれており其処に寝かされていることから、此処は意識を失った手洗い場ではないのだろう。

床の冷たさが伝わることはないが、服を脱がされているので少し肌寒い。ここで風邪を引いたらそれこそ件の怪盗が地の果てまで追い詰められそうな気がするので早急に体を温めたい。

「……夾竹桃、」

己の異能力の名を呼ぶ。反応はない。否、影で轟いた気配はあるのだが現れた様子はない。

ということは今倉庫か物置かに入れられているのだろう。声を上げて誰か気付いてくれるだろうか。しかし声を上げないことには助けてもらえない。作戦としてはそろそろ誰かが見つけてくれる頃合いなのだが──。

扉が開く音が聞こえた。此方に近づいてくる革靴の音が聞こえた。

「随分と寒そうな格好をしているね、一野辺くん」
「……首領。こんなところにいても?」
「平気さ。福沢殿に任せたから、悪いことにはならないだろう」

手足の紐が解かれる。目隠しを取られ、差し込んできた光に目を細めた。

「さあ、一野辺くん。行こうか」
「はい、首領」
「おや、今の私はただの副社長なのだけど」
「…すみません、森さん」
「リンタロウ!千尋も早く!」
「今行くよ、エリスちゃん!」

差し出された手を取った。
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