緊縛
足を縛って手を縛って、首には鎖をつけて、目を隠し口は開かぬようにすれば、きっと君は何処にも行けないね。
──そう歪に笑う彼の言葉に胸が高鳴ってしまう私もきっと何処か狂ってる。
「駄目、絶対に駄目、許さない」
『……治くん……』
頑なな言葉に、電話口の向こう側にいる千尋が悲しげな声を出したのが耳に届いたが意見を覆す気など太宰にはなかった。
千尋が友人に誘われたのでパーティーに行きたい。と電話をしてきたのが始まりだった。
千尋が友人と呼ぶ人間の中にかの鈴木財閥の令嬢がいることは把握していた。先日見かけただけでも判る、陽気な性格の令嬢のことだ。
身内のパーティーに新しく出来た友人である千尋のことを誘うのは太宰の想定内である。
千尋の恋人であると彼女の前に姿を現せば、嬉々として太宰のことも誘ってくるであろうことも。然しそのパーティーの日程が不味かった。
「私が行けないのに参加して、他の男に君のドレス姿を見せるなんて冗談じゃない」
そう。その日はPDAとしての仕事が入っていた。此れが平素の仕事であるなら他の人間──例えば中也や国木田、或いは芥川に押し付け、基、代行を頼むのだが。
その日に入っている仕事は珍しく大掛かりなもので、社員─特に異能力が使える人間は全員参加と社長である福沢から厳命されている。詳細は未だ聞いていないが流石にそんな日に抜け出せば幾ら太宰でも叱責は逃れられない。
だから千尋にも参加しないでくれと云ったのだが、これまた珍しく千尋が行きたいと云いだした。
「良い子だから、私の云うことを聞いておくれ」
『……』
太宰の懇願するような言葉に千尋は黙り込んでいる。
耐えられないのだ。自分の知らない彼女を自分以外が見るという事実が。
只でさえこうして離れている現状に嫉妬で胸を掻き毟ってしまいたい程なのに、これ以上嫉妬させないでほしいと思う。
彼女に狂えるのならば、其れは其れでいいけれど。
『治くん、でも、』
「千尋」
『…………わかった』
尚も言い募ろうとしていた彼女を宥めるように名前を呼ぶと、長い沈黙の後に渋々といった様子で漸く頷いてくれた。
然し頷いたといっても千尋のことだ、納得はしていないのだろう。彼女がきちんと云うことを聞いているか、一瞬たりとも目を離してはいけないなと思いつつ、まるで呪いのように愛を囁いた。
「愛しているよ」
『……私も』
無機質な音が耳元で鳴るのを聞きながら千尋は深く溜息をついた。まさかパーティーの日に仕事が入っているとは思いもしなかった。
別に太宰がいなくとも参加できるが電話の様子からしてそう簡単には参加出来ないようだ。
初めての友人から誘われたパーティー、行きたかった。
千尋にしては珍しく駄々を捏ねてみたけれど、太宰は決して折れてくれなかった。日を改めて、とも思ったが今日の様子を見る限り時間を置いても無駄だろう。
はぁ、と溜息をつく千尋の前にそっとカフェオレが置かれた。嗚呼、そうだった。此処は外──ポアロだた、と我に返る。
迷惑だったかもしれないと周囲を見渡すが此方を伺うような視線は何処にもなくほっと肩から力を抜いた。
「元気がないようですが大丈夫ですか?」
「あ…まぁ、はい」
「僕に出来ることなら力になりますよ」
「そんな、」
首を横に振る千尋を見て安室は悲痛そうに顔を歪めた。そのままそっと手を握られる。
──恋人がいると彼の前で明言したし、太宰とも会っている筈なのだが安室はこうした接触を止める気はないようで、こうして度々手を握られることがある。
行かないでくれ、と訴えてくるような縋ってくるような手を千尋はどうしてか振り払うことが出来ない。
「何でも、言ってください。僕は貴女の力になりたいんです」
「…………実は、」
安室に云う程のことでもない。此れは太宰と自分の問題なのだから。
然し青い、海のような瞳に見つめられ千尋の口は無意識に動いていた。
「園子ちゃん家のパーティー、反対、されていて」