嫌悪
私は私が嫌い。けれども大好きな貴方が私のことを好きだと云うから、ほんの少しだけ好きになれた。
「千尋、怖がらないで」
優しい声が云う。
「私がいるから平気だよ」
いつもより熱い指先が肌の上を滑っていく。
「でも私から離れてしまえば、君が一番恐れていることが起きてしまうかもしれない」
離れていく熱に縋るように手を伸ばした。
ねェ、はなれないで。吐息混じりの懇願は届いたようで、求めていた熱が戻ってきた。
焼けてしまいそうな熱が愛しくて、愛しくて、頬が緩む。
「──だから私から離れてはいけないよ?」
「、っう、ん」
離す気もない癖に。熱に浮かされた頭でただ頷いた。
昼休み。コンビニで買ったパンで腹を満たしていると目を輝かせた園子と世良、それと少し困った顔をしている蘭が近づいてきた。
十中八九昨日のことだろう。色々聞かせてもらうと宣言されていたので心構えは出来ているがここまで期待に満ちた目を向けられるとは思っていなかったのでついたじろいでしまった。
「さぁ!色々聞かせてもらうわよ〜」
「僕がいない間にそんなことがあったなんて…僕にも詳しく聞かせてくれ!」
「言いたくないことは言わなくてもいいからね」
「…ふふ、ありがとう」
早く、と急かす園子と世良を抑えつつ蘭が云う。前世からの縁で、なんて云う訳にはいかないので事前にそう云ってくれると気が楽だ。
胸を撫で下ろす千尋に園子がにやりと笑った。
──本当に、色々聞かれた。
昼休みいっぱいまで続いた園子と世良の尋問に千尋は疲れ果てていた。聞かれることは覚悟していたけど、本当に根掘り葉掘り聞かれるとは思わなかった。
出会いから年齢、好きなところやどこまで進んでいるのか、など園子と世良の疑問は尽きることはなく千尋に投げかけられた。
云いたくない、内緒と云えば潔く退いてくれるので助かったが、其れでも改めて口にすると恥ずかしいことばかりで一種の羞恥プレイだった。
こんなに喋ったのは久しぶりかもしれない、と考えつつ黒板に書かれていく文字をノートに写していく。
ふと、ペンを握る自分の右手が目に入った。
制服で隠れている手首がちらりと見え、昨晩の情事の痕──縛った痕が色濃く残るそこに頬が赤く染まったのが判った。
己の異能力の所為で精神的に不安定だった千尋を慰めながら抱く太宰の声が、今でもはっきりと耳に残っている。
嗚呼、今朝別れたばかりというのにもう恋しい。
高校を辞めてしまえばずっと一緒に、と悪魔の囁きのような考えが頭を過ったので緩く頭を振って中から追い出す。
もう太宰がいなければ生きていけない程に依存しているけれど、太宰がいないと何も出来ないような人間にはなりたくない。例え、そうなることを太宰本人が望んでいるとしても。
──授業、早く終わらないかな。
黒板の上にある時計をじっと見つめる。触れ合うことが出来なくとも、声が聞きたい。
「パーティー?」
「そう!って言っても身内の食事会みたいなものなんだけどね。蘭とか世良さんも来るし、ガキンチョとかも呼ぼうと思ってるの。千尋ちゃんもどう?彼氏さんと一緒に!」
放課後、帰り支度をしていると上機嫌な様子の園子にパーティーに誘われた。身内だけのものだから、と言われても本当に参加してもいいものだろうか。
園子の話を聞くと蘭や世良、それにコナンも来るようだが最近友人になったばかりの自分の存在は邪魔ではないのか。
初めて出来たといっても過言ではない「友人」の厚意にどこまで甘えてもいいものか、と悩んでいると世良が明るい声で云った。
「そう気負わなくてもいいじゃないか?僕も園子くんも蘭くんも、千尋くんと仲良くなりたいだけなんだ。それとも千尋くんは僕らと仲良くなりたくないかい?」
「そんなこと、」
「なら一緒に行こうよ!」
「……うん、じゃあちょっと聞いてみる」
世良と蘭の後押しもあって千尋は頷く。パーティーそのものは何度も参加したことがあるが、こんなにも楽しみなのは初めてかもしれない。
三人と別れ、帰路を歩く。太宰も一緒に、と誘われたのだから太宰にも云わなければいけないし、何より養母である尾崎にも云わなければいけない。
太宰は嫌がるかもしれないがお願いすればきっと一緒に行ってくれるだろう。嗚呼、楽しみだ。足取り軽く歩く。
──浮かれていた所為だろうか。そんな自分を見る誰かの存在に千尋は気付くことが出来なかった。