秘密


秘密を洗いざらい話すにはまだまだ信頼が足りないのではないでしょうか。ということでお帰りください。




却説、どうしようか。
千尋は目の前の男を見据えた。僅かに血液が付着しているナイフをまじまじと眺めては恍惚とした表情を浮かべる男は間違いなく変質者にしか見えない。

男が如何して錯乱しているのか興味はないが、此方に火の粉が降りかかるのならば全力で排除する所存だ。
然し異能力の使用は森に禁じられているし、何より周囲の目がある。ならば直接ナイフを取り上げて制圧するしかない。

先ほど母親に駆け寄ろうとしていた少女は漸く自分が置かれていた状況を理解したのか今にも泣きそうだ。
否、泣くことに問題はない。問題なのはその泣き声で男の注意が再び少女に向くことである。

正直に云って見ず知らずの少女がどうなろうとも知ったことではないが、『友人の家の子』が『助けよう』としているのだ。手を貸さない訳にはいかない。

腕を負傷している女性はゆっくりと男を刺激しないように遠ざかっているので、再び襲われる可能性は低いだろう。ならば、と男を見る。

ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべている男は此方にゆっくりと近づいてきている。男の内心を表現するならば、甚振って殺してやろうといったところか。
取り敢えずナイフを奪おうかと一歩踏み出した時だった。

「がぁっ…!」

鈍い音を立てて男が崩れ落ちる。呻き声を上げた男は前のめりに倒れ、ぴくりとも動かない。どうやら気を失ったようで倒れた拍子に離れていったナイフがカランと音を立てながら床に落ちた。

男の後ろに見える、黒い獣。
見覚えのあり過ぎる姿にほんの少しだけ驚いた後に、千尋はその名前を呼んだ。

「芥川、」
「貴様、一体誰の体に傷をつけている…!!」

然し。可愛い弟分である芥川龍之介にはその声は届いていないようで、今にも殺してしまいそうな顔で気絶した男を睨んでいる。

発現させたままの黒獣で息の根を止めかねない勢いなので流石に其れは止める。今の自分たちはごく普通の一般人なのだから。

ふよふよと浮いている黒獣に少女は感嘆の声を、コナンは驚きの声を上げているのを耳にしつつ千尋は深く溜息をついた。

「掠り傷。騒ぎ過ぎ」
「化膿したらどうするのですか!千尋さんに何かあれば僕は…!」
「落ち着きなさい。私は平気だから」
「……すみません」

嘗て太宰に拾われてきた芥川とその妹である銀にあれこれと世話を焼いたからだろうか、ひどく懐かれてしまった。

太宰が厳しくしていたので多少優しく接していたのだが、その所為か芥川は千尋を神聖視している節があり、暴走してしまうことが多々ある。
懐いてくれているのは嬉しいだが複雑な心境であることを判ってほしい。

「おい、芥川!さっさと行くなよ、太宰さんからの頼まれ事、まだ終わっ…あ、一野辺さん!こんにちは、って頬の傷どうしたんですか!?」

遅れてやって来た人虎と呼ばれる青年、中島敦が千尋の頬を見て慌てたように云う。

前世では関わることのなかった彼だが、太宰と同い年だったということを加味してか敬語で話しかけてくる。

年上の青年に敬語で話されるというのはむず痒いので止めてほしいと再三お願いしているのだが、案外聞いてくれていないことを思い出しつつ絆創膏を貼ってくれる敦の手を享受する。

「人虎、貴様!何を勝手に千尋さんに触れている!!」
「化膿したら大変だろ!?そんなこと云うならお前が貼ってあげればよかったじゃないか!!」

喧嘩を始める二人を少々適当に宥めていると警備員たちが走ってやって来た。急いで来てくれたのだろうが、生憎と終わってしまっている。

刃物を相手にするということを想定しているような重装備の警備員たちに申し訳なく思いつつ、同じく駆け付けた警察官たちに話を聞かせてくれと云われ話しているとコナンがそっと話しかけてきた。

「ねぇ、千尋お姉さん。さっきのお兄さんのあれってさ、何?」
「手品だよ」

コナンの疑問に息を吐くかの如く嘘をつく。此方を見てくるコナンの瞳は懐疑心で満ちているが、生憎と何をされようとも口を割る気はない。

だって、人とは違う能力を持っていると云っても信じてはくれないでしょう?
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