好意


この国を守る為なら幾らでも手を汚してきた。其れが正義の行いではないことは重々理解しているし、其れらを後悔している訳ではない。
だがこの手で彼女に触れることにほんの少しだけ躊躇してしまうのだ。




日夜国の為に身を粉にして働いている安室透──降谷零にとってポアロでの時間というのは癒しの時間でもある。

自分の容姿に釣られている過激な女子高生たちが起こす騒ぎに辟易してしまうこともあるが其れ以外は概ね平和で、自分が守る人々の平穏な時間を間近で見れるというのは中々いいものだ。

突然の公安の仕事や組織の仕事で早退や欠勤してしまったりとしているので、いつクビになってしまうか少しばかり不安ではあるが。

さて、そんな降谷の精神安定剤といっても過言ではないポアロでの勤務中。常連の女子高生三人と千尋による女子会が開かれていた。

周囲に迷惑をかけない程度の声量で盛り上がっている四人の会話にちょくちょく混ざっていると、とても興味深い話が始まった。

「好きな人、いる?」

目を輝かせながらそう口火を切ったのは、そういった話題が大好きな園子である。
イケメンに分類される降谷に黄色い声を上げることの多い彼女は、自分以外の三人──特に千尋の話を聞きたいようで目を輝かせている。

「蘭には新一くんがいるとして」
「あ、あいつはそんなんじゃ…!」
「はいはい、聞き飽きたわよ。それ。そ・れ・よ・り!千尋ちゃん!」

顔を真っ赤にしている蘭を適当にあしらいつつ、園子の目はまず千尋に向いた。キラキラとした目を向けられた千尋がほんの僅かだけ体を引いたのが判った。

会話に聞き耳を立てていた降谷としては園子に拍手を送りたい気持ちで一杯だ。
経歴や家族構成などは調べれば資料で確認することが出来るが、彼女の心が何に向いているのかというのは直接聞かなければ判らない。

彼女自身未だに降谷のことを警戒しているようなので、降谷が聞いても教えてくれる可能性は低いだろう。しかし友人からの問いならば、曖昧だとしても答えるしかない。
曖昧な情報しか与えられずとも其れでも無いよりはいい。

「好きな人とか気になっている人とか! というか恋人とかいないの!?」
「えぇと」
「園子くん、ちょっと性急すぎじゃないかい?」
「だって気になるんだもの。帝丹高校氷の女王様の恋模様!」

世良の制止の言葉に園子は反論する。それは降谷も同意見である。恋人がいるというのなら是非教えてほしい。彼女に相応しいか徹底的に調べ尽くすので。気になっている人間がいる場合も同様だ。

少しでも怪しい男、経歴に傷がある男は彼女には相応しくないのだ。千尋のことを些か美化している降谷の思考は暴走していく。

「……実は、」
「実は!?」
「……。好きな人、いるよ」

少し照れたような声が耳に届いて降谷はつい胸元を押さえた。梓に「大丈夫ですか!?」と心配されたので笑顔で平気ですと伝えておく。

今の位置からでは千尋の顔まで見ることは出来ないのが非常に惜しい。絶対可愛い顔してるだろ、と思いつつ仕事をこなしていく。
ちらり、と盗み見てみれば千尋の照れ顔を直視しただろう三人の顔が薄らと色づいているのが判った。

狡い、僕も見たい。写真に撮りたい、などと思っていると先程よりも目を輝かせた園子が更に情報を得る為にか身をのり出して声を上げた。

「どんな人!?年上!?」
「えっと、」
「いいんだよ、千尋くん。ゆっくりでいいから確実に教えてくれ」
「えっ」

世良の言葉に困惑したように声を上げる千尋。世良の言葉に降谷も同意だ。ゆっくりで構わないのでどんな人間か教えてほしい。具体的に身体的特徴を教えてくれるなら尚良い、その情報で探り当てるので。

少々危ない思考のまま四人の会話を聞いていると、少し間を空けた後恥ずかしそうに千尋が口を開いた。

「年上で、」僕だな。
「優しくて、」僕だな。
「笑顔が素敵で、」僕だな。
「とても、頼りになる人」僕だ!!

思い当たった事実に降谷は歓喜した。まさか両想いだったとは。今ならジンに無茶な仕事も投げられても許せる気がする。

表情に出さずに喜んでいると、目を輝かせたままの園子が期待に満ちた目を向けてきた。恐らく同じことを考えているのだろう。其れに降谷はいい笑顔で領いた。

──この時降谷は四徹目で、四徹目の降谷の頭はポンコツだった。もしこの場に幼馴染や部下がいたならば速やかに就寝することを勧められたことだろう。

だが残念なことにそう伝えてくれる人間は今この場にいない。暴走した思考回路のまま、降谷は千尋に近付きその手をそっと握った。

「幸せにします」
「えっ」
「新婚旅行は何処がいいですか?勿論君が高校卒業してからの話です、がッ…!」

突然後頭部を殴られた。
一体誰が、何故邪魔するんだ、と言いたいことはあるが寝不足の際谷はそのまま意識を手放した。




「ごめんなーこいつが突然」
「い、いえ…安室さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫!仕事が忙しくて疲れてるみたいだし、君が気にすることはないよ」
「えぇっと、貴方は…」
「ああ、俺はこいつの友達なんだ。名前は──」
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