友人
この愛を何で例えよう。この心を、何で伝えようか。
ポアロにて。千尋はクラスメイト二人──鈴木園子と世良真純、其れと先日友人になった毛利蘭と共に机を囲んでいた。
「蘭ばっかりズルいわ!私たちだって一野辺さんと仲良くなりたいのに」
「そうだよ!抜け駆けはいけないよ、蘭くん」
「ごめんってば」
園子と世良から狡いと云われ困ったような顔をしている蘭。周囲に迷惑をかけない声量で盛り上がる三人の会話に混ざることが出来ず、千尋は誤魔化すように注文していたカフェオレに口をつけた。
慣れない人間との会話というものは難しいな、なんて考えながら。
そもそもこの三人とポアロに来ることになったのは、学校で蘭に話しかけられたからだ。
「ねぇ千尋ちゃん。今日部活休みだから、一緒に帰らない?」
「……うん、是非」
何処か緊張した面持ちの蘭がそう話しかけてきた時、ざわついていた教室が一瞬で静まり返った。千尋は己が周囲にどんな評価をされているのか知っているが此処まで露骨に驚かれると何とも云えない気持ちになる。
然し周囲の反応よりも友人である蘭の誘いに答えるのが先だ、と是非の返事をすれば蘭の顔が嬉しそうに輝いた。そんな風に喜んでもらえるなら千尋も嬉しい。
自然と目尻を下げた千尋に硬直しているクラスメイトたちの中で最初に我に返ったのは蘭の友人である園子と世良だ。
「私たちもいいかしら!?」
「いいよね!?」
「う、うん…」
鬼気迫る二人に少々たじろぎつつ拒否する理由はないのでその提案に頷く。途端に顔を輝かせるので何だか微笑ましいものを見ているような気分になる。矢張り精神年齢が彼女らより高い故のものだろうか。そうでなくともマフィアだった経験が同年代より大人びて見せるのだろう。
年をとったなと女子校生らしくないことを考えつつ盛り上がっている三人を見守る。何事もなければいいのだが。
そして迎えた放課後。
ポアロへ向かっている道中にそういえば、と思い出すのは先日告白してきた安室のことである。タイミングが悪いのか、未だに返事をすることが出来ていない。こういうのは長引かせると気まずくなるので、早目に返事をしたいところである。
ロに出していないが千尋が何を考えているのかなんとなく判ったのか蘭が小さな声で話しかけてきた。
「千尋ちゃん、その安室さんのこと…」
「平気だよ」
「なら良いんだけど」
安心したように息を吐く蘭。公開告白に遭遇した蘭からしてみれば気まずい雰囲気が漂うなかでお茶会なんてしたくないだろう。然し今日は駄目だ。流石に友人たちの前でフるなんてことは出来ない。其処まで神経は図太くない。
表情を変えず悩む千尋を後ろから園子が見ているなんて気付けなかった。
そしてポアロに到着して安室の姿を探すが見当たらない。休みなのか、それとも出かけているのか。不在の理由は判らないが姿が見えないことに安堵する。
梓に席へ案内され一息ついたところで頬を赤く染めた園子が口を開いた。
「一野辺さん!」
「は、はい」
「…私も千尋ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「うん。私も名前で呼んでもいいかな」
「勿論!」
にっこりと笑う園子につられて千尋も口角を上げた。胸に温かいものが広がっていく。
太宰の隣にいる時とは違う、また別の温かい感情。
これの名は何と云うのだろう。誰かに聞けば教えてくれるだろうか。頬を緩める千尋を見て不貞腐れた表情の世良がロを開いた。
「…園子くんと蘭くんばっかり狡い。僕だって#ー野辺#くんと仲良くしたいのに」
その様子に蘭と園子は苦笑いを浮かべている。千尋は世良のことを大人びた少女だと思っていたのだがそうでもないようだ。子どものような態度の世良につい笑みが漏れた。
然し彼女の機嫌を損ねたままお喋りするというのは気が引ける。どうすれば彼女の機嫌は直るのか少しだけ思案して、千尋は口を開いた。
「真純ちゃん」
「!」
「って呼んでもいいかな」
「勿論だよ!」
パァ、と笑顔を浮かべる真純の様子に千尋も頬を緩める。なんだか妹が出来たような気分だ。
一気に出来た友人たちと話に花を咲かしていると、聞き覚えのある声が会話に入ってきた。
「僕も千尋さんとお呼びしてもいいですか?」
「安室さん!」
突然現れた声──安室に園子が黄色い声を上げた。いつの間に。全く気配がなかったのでいるとは思わなかった。
「…別に、構わないです」
「ふふ、よかった」
ただ名前で呼ぶことを許可しただけなのに安室が心底嬉しそうに笑うものだからつい押し黙ってしまった。この人は本当に自分のことが好きなのだと実感を抱く。
聞いた話によると安室は三十路手前と云うからからかわれているだけだと思っていた。だが其れは千尋の思い違いらしい。
──そんな、漕けた日を向けないでほしい。