何度も好意を露わにしてきたけれど彼女は曖昧にするだけで何も言ってくれない。
返事をしてくれようとしているのは降谷の目にも映っているが、タイミングが悪いのか千尋の口からはっきりとした答えを貰えたことはない。なので思いきって言ってみることにした。

夕方のポアロ。
以前他にも誰かいる時に告白した時、彼女はひどく居心地が悪そうにしていたので今回は誰もいない瞬間を狙って声をかけた。

「あの、千尋さん。付き合ってくれませんか?」
「……いいですよ」
「本当に!?」
「え、あ、はい」

こくり、と頷く千尋に降谷は天にも昇ってしまいそうだ。彼女を置いて逝くつもりは毛頭ないが。

それにしても千尋が頷いてくれたことに降谷は驚く。ポアロに連れて来た、太宰という千尋の恋人を名乗った男。太宰の言葉に千尋も頬を赤らめていたので本当に付き合っているのかと思っていたが自分の思い違いだろうか。
否、この際それはどうでもいい。千尋が自分を選んでくれたという事実を喜ばなければ。




潜入捜査が失敗し命からがら生き延びた諸伏は、現在内勤として主に書類仕事を担っている。長時間机に向かっていたので息抜きにと設置されている自販機で飲み物を買っていると見慣れた幼馴染が駆け寄ってくるのを見つけた。

幼馴染──降谷はここ数年殆ど見ていない程晴れやかな表情をしており、何か良いことでもあったのかと一目でわかる顔をしている。

「ヒロ、ヒロ!聞いてくれ!彼女と付き合うことになった!」
「おーよかったな。手を出したら捕まえるからな」
「真顔で言うなよ怖いだろ」

降谷の口から出た彼女、とは諸伏の命の恩人である一野辺千尋のことだ。念のための身辺調査で見た彼女に一目惚れをしていた降谷は、実際に遭遇してから更に惚れ込んだようで公衆の面前で告白を繰り返している。

諸伏としても降谷には幸せになってほしいし、降谷ならば彼女を幸せにできるだろうと応援はしているが未成年に手を出すなら話は別である。
幾ら降谷が幼馴染で優秀な男だとしても地の果てまで追いかけて牢にぶち込んでやるつもりだ。真顔で忠告する諸伏に降谷はそっと目を逸らした。

「随分とご機嫌ですね、降谷さん」

嬉しい嬉しいと繰り返す降谷が、すっと顔を元に戻した。声をかけてきたのは諸伏の部下でもあり、降谷の部下でもある坂口安吾だ。

目の下に大きな隈をこさえている坂口も今の今まで書類整理をしていたのだろう。ブラックコーヒーを選ぶ彼の疑問に、降谷がはにかみながら答える。

「ああ、坂口か。実は意中の女性と付き合えることになってな」
「それはおめでとうございます。……この前調査した方ですか?」

缶を開けようとした坂口の手が止まる。降谷を見る目には「本気か」と書いてあるのが窺える。そういえば、坂口と彼女は知己だった。

「そうだ。お前も忙しいのにすまなかったな」
「いえ。……その、降谷さん。夜道に気をつけてくださいね」
「何言ってるんだ?」

心に留めておいてください、と言うだけ言って坂口は仕事に戻っていく。

夜道に気をつけろ、とは。

まさか彼女の身に危険が迫っているのだろうか。そうだとしたらこうしてはいられない。一刻も早く彼女の安全を確保しなければ。容姿とタイミングのせいで千尋のことを少々神格化している諸伏は慌てて手に持っていたコーヒーを飲み干す。

「じゃあな、ゼロ!彼女のこと泣かすなよ」




金曜日の夕方。いつも通りポアロには穏やかな時間が流れている。恐らく横浜に帰る為であろう荷物を傍らに置き、読書をしている千尋に降谷はさりげなく近づいた。

「千尋さん、来週の日曜日出かけませんか?」

年甲斐もなく浮かれた気持ちのまま千尋に微笑みかける。今日も店内に人はいない。誘うならばこのタイミングがベストだろう。

それに前回は返事を貰えた喜びで彼女の連絡先を聞くのをすっかり忘れていた。此処で連絡先を聞いていこう。普段よりも甘さ多目の笑みを浮かべる降谷の言葉に千尋は嗚呼、と頷いた。

「この前云っていたやつですね。いいですよ、何処行くんですか?」

何処か他人事のような千尋の言葉に降谷は冷水をかけられた気分になる。
待て待て待て、そんなベタな。しかし嫌な予感がする。今ならまだ傷は浅い、と降谷は恐る恐る口を開いた。

「……あの、千尋さん。ちょっと聞きたいんですが、この前のって」
「…?出かけるから一緒に、っていう話ですよね?」

やはりそちらの意味で取っていたか。敏い彼女なら平気だと思っていたが甘かった。

天国から地獄に一気に叩き落されたような気分である。

付き合ってくれ、が何処かに出掛けるようなものだと思っているのならば蘭や園子もいると思って頷いたのだろう。早計であった。自身の動揺を悟られないように気を付けながら降谷は口を開いた。

「…………すみません、僕、その日仕事が入ってました。また、今度」

今自分は上手く笑えているだろうか。不思議そうに首を傾げた千尋は、ならまた今度と頷いた。

──彼女の恋慕が降谷に向けられることはない、と認識させられた降谷はそっと千尋から離れて仕事に戻る。恥ずかしい、穴があったら入ってしまいたい気分だ。
カウンターの向こう側で作業をしつつ千尋を見る。先ほどまで読書に勤しんでいた彼女だが今は電話をしているようで楽しげな空気を醸し出していた。

周囲に誰もいないが小声で話している為、相手が誰なのか何を話しているのか把握する術はない。しかし千尋の表情で判る、相手はあの太宰とかいう男だろう。薄く頬を赤らめている千尋の姿はとても可愛らしい。

彼女の恋慕が自分に向けられないとはっきり判った今でも、好きだという気持ちが消えないのは心底惚れてしまっているからだろう。報われない恋だと知りながらも、諦められない。フィクションの中の出来事だと思っていたものを今、降谷は己で体感していた。

とりあえず。

「千尋さん!これ、サービスです。よかったらどうぞ!」

電話の向こう側の相手に自分の存在を知らしめるかのように声を張り上げた。
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鵬子さま
リクエストありがとうございました!
無自覚で手酷く振られてしまう降谷さんを書いてみましたがいかがでしょうか…!
夢子ちゃんは太宰さん以外眼中にないに等しいのでこんな感じになってしまいました(-_-;)
喜んでいただけたら嬉しいです(^▽^)/
段々寒さが厳しくなっております、お体にはお気を付けてお過ごしくださいm(__)m

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