長年追っていた組織が他国との協力によって壊滅した。
それにより降谷も潜入捜査の任を解かれ「バーボン」を消す為に暫くは表に出ず活動することになった。勿論まだ残党を捕まえたり捕えた幹部たちから情報を吐かせるなどといった仕事は残っているが、それでも肩の荷が下りたことに変わりはない。

故に降谷は、弟との距離を少しでも縮めようと与えられた休暇中に色々と試してみたのだが全て惨敗である。

「今更かもしれないが一緒に暮らさないか?」
「今のとこ便利だから嫌だ」
「……なら一緒に食事とか」
「仕事忙しいんだろ?無理しなくていーよ」
「…………学費」
「免除されてっから平気」

誰に似たのか離れている間に何があったのか、弟はとても淡泊な性格になったらしい。
降谷の遺言状を渡した時に激昂していたと風見から聞いているが、普段の生活ではひどく凪いだ目をしている。

それが降谷は心配で堪らない。怒っているのかと恐る恐る聞いたこともあるが弟は別に気にしていないと言う。気にしていないのなら幼いながらに家出することもなかっただろうに。

言葉を交わして一度も目を合わせようとしない弟に降谷は何も言えなかった。





「風見…僕は弟に嫌われているのかもしれない…」
「そ、そんなことないですよ!」

登庁して、今まで溜めに溜めた書類の整理中。降谷がぼそりと零した呟きに風見は即座に反応する。

嫌われているなんてとんでもない。嫌っているのなら降谷から預かった遺言状を渡した時にあんなにも激昂しないだろう。彼の目には嫌悪の色などなかった。
それを間近で見ているからこそ風見は否定するのだが何徹目かも判らない降谷は疑心暗鬼になっている。

「だってすべてを拒否されたんだぞ!?一緒に暮らすのも食事も入浴も添い寝も!僕は!弟の!健やかな成長を見守りたいだけなのに!!」

入浴と添い寝をする必要性はあるのだろうか。
弟も何かを抱えているような気がしていたのだが降谷の方が重症かもしれない。というか距離感が幼い子供に対するそれのような気がする。

恐らくだが降谷の中で弟は未だに幼い子供で、それが判っているからこそ弟は距離を取っているのかもしれない。離れていた時間が長いからかどちらも拗らせているような気がする。

「風見!僕は弟の学校に潜入してくるから後は頼んだぞ」
「待ってください降谷さん!!」

嗚呼、今日も胃が痛い。





箱庭学園。これが降谷の弟の通っている学園の名前だ。
世界的に有名で、日本でも有数の超マンモス校にまさか弟が通っているとは思いもしなかった。しかも弟の言い分をそのまま信じるのなら学費免除、特待生ということなのだろう。己の弟の優秀さに涙が零れそうだ。顔にはおくびも出さないが。

教育実習生、安室透として潜入した降谷は案内係である生徒会役員、人吉善吉と校内を回りながら弟の姿を探す。が、施設の広さや生徒数の多さもあって中々見つからない。

視線を動かしつつ他愛ない会話を人吉としていると人吉がじっとこちらを見てきていることに気が付いた。その目は観察しているようで、何か別のものを見ているようで少しばかり居心地が悪い。

「安室さんて兄弟いたりします?」
「いえ…いませんが。何か?」
「あ、いや、この学園によく似た人がいるんで」
「ホー…そうなんですか、是非お会いしてみたいですね!」

それはつまり弟のことでは?
しかし安室透と降谷零は別人なので知らないふりをしておく。それにしても膨大な生徒数で生徒会の役員に顔を覚えられているというのは、やはりあの外見で目立っているのだろうか。

目の前にいる人吉も髪色は金だが弟はそれで尚且つ瞳の色が青色だ。以前ちょっかいを出されていたと漏らしていたし心配だ。せめて遠目からでも顔が見れたらいいのだが、という気持ちから居場所を問うてみたが人吉は苦笑いだ。

「あー…そもそも学校に来てるかどうか怪しい人なんで無理かもですね」
「…学校に来てない?」

まさか不登校なのだろうか。特待生になっているのに?降谷の頭は疑問で埋まっていく。

思い出してみれば安室透が日中のシフトに穴を開けてもごく普通に対応していた気がする。高校も最後なので是非通うべきだ、それとも僕には言えない何かがあるのだろうか。弟への心配が話を聞けば聞くほど募っていく。

「十三の人なんで。まぁ日之影先輩が来てるなら来てるか…」
「その十三っていうのは?」
「うちの学園に十三組までクラスがあるのは知ってます?」
「ええ、知ってますけど…」
「そのうち十から十二が特待で、十三は更に特別なんスよ。学費免除どころか登校も免除されてるんですよ」

なんと。うちの弟はそこまで優秀だったのか。しかし登校も免除とはこの学園は真面目に授業をさせる気はあるのだろうか、とつい眉間に皺が寄ってしまいそうだ。それを気合いで誤魔化しつつ降谷は更に情報を得る為に口を開く。

「その十三組に選ばれる基準っていうのはあるんですか?」
「あるにはあるんですけど…」

十三組に選ばれる為の何かを人吉が言おうとした時、他の生徒の声が響いてきた。

「おいおい!校庭で乱闘だと!」
「マジかよ!?生徒会長か!?」
「いや、生徒会は生徒会でも元の方の副会長だ!!」

乱闘とは。少し規格外すぎて頭が痛くなってきた。しかし乱闘が起こって不良ではなく生徒会長や副会長の名前が出てくるというのは如何なものか。本職が警察官であるだけにどうしても其方が気になってしまう。

しかし元の方ということはつまり前年度、三年生が乱闘を起こしているのだろう。それもそれで内定に響くと思うのでどうかと思うのだが。

聞けば聞くほど弟を此処に置いていていいものかと不安になってくる。
三年生で色々と難しいものがあるだろうが転校させた方がいいのか。それともいっそのこと通信教育を使うか。弟の身を案じていると人吉が呆れたように言葉を零した。

「何してんだあの人…!すみません、安室さん!案内はここまでで…」
「いえ、僕も行きます。こう見えて鍛えてるので、止める手伝いが出来るかもしれませんし」

こう見えても強いんですよ、と笑えば微妙な顔をされた。何故だ。





人吉と共に降谷が校庭に行けば其処には死屍累々の山が築かれていた。
倒れている生徒は見るからに不良、という容姿で彼方此方に鉄パイプやナイフなど物騒なものが転がっている。それらが無残にも折れているなど降谷は見ていない。

動いている人間は少ないが状況を把握している間にもどんどんと倒れている。動いている人間の中に自分と同じ金糸を見た。
まさか、とその人物をよく見ようと目を凝らした時だった。人吉が校庭に向かって声を張り上げる。

「何やってんですか!降谷先輩!!」
「おー人吉か」
「呑気にしてんじゃねぇよ!なんだよこの騒ぎ?」
「逆恨みってやつだな、いい迷惑だぜ」

校庭で不良たちを次々となぎ倒しているのは弟だった。やれやれと呆れたように溜息をつきながらも向かってきた不良の顔に拳をめり込ませる姿は確かに弟の姿である。昨日の夜と今日の朝も顔を見ているので間違いはない。

ということは弟が前年度の副会長ということになる。
生徒会の役員として活躍していたことに感激すればいいのか、それとも恨まれる程の暴君だったであろう事実に怒った方がいいのかと複雑だ。

いや、逆恨みであると本人が言っているし相手が不良であろうことから何か注意をして恨まれているのだろう。弟を擁護するような考えに至りかけた時残っている不良の一人が弟に向かって鉄パイプを振りかざした。

「死ねぇぇぇぇ降谷ぁぁぁぁ!!」
「だから俺じゃなくてヒノのとこ行けっつーの。俺何もしてねぇじゃん」
「テメッ、俺らをボコボコにしたの忘れるなや!!」

それを簡単に避け心底面倒くさそうな顔をする弟。成程、弟にも非があるらしい。あまつさえ「ヒノ」という人物に擦り付けようとしたようだ。
これは後で説教ものだなと考えていると思い出したかのように弟が人吉に視線を向けた。つまり降谷のことも視界に入っている筈なのだが全くの無反応。

そういえば初めてポアロで会った時も動揺していたのは自分だけで弟は平然としていたな。……自分は弟にどのように思われているのだろうか。聞きたいような、聞きたくないような。

「あ、人吉。教室にヒノいるから戻るの遅くなるって言っといて」
「いやいやいや!あんた何平然と殴り合い続けようとしてんだよ!?安静にしなきゃいけねぇんだろ!?」
「ついでにいちごミルク買っといて」
「流石生徒会副会長…元とはいえ、話を聞かねぇところが生徒会っぽいぜ…!」
「それブーメランだからな、人吉。お前も生徒会だからな」

──安静に、とは一体どういうことだろうか。弟が安静にしないといけないレベルの怪我を負っただなんて降谷は一つも聞いていない。これは説教と共に問い詰めないといけないな、と爽やかな笑みの裏でそんなことを考えていると弟の頬が引き攣っているのが見えた。

因みに。安静にしていなければいけない理由が弟の内蔵が幾つかないからと知って降谷が卒倒しかけるのはまた別の話である。
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あやしさま
リクエストありがとうございました!今回は人吉くんを出してみましたが如何でしょうか?
降谷弟くん、名前も何も決まっていませんが気に入っていただけてるみたいで嬉しいです(*ノωノ)
シリーズ化しようかなあと思ったり…笑その時はよろしくお願いします!w
寒さが厳しくなってます、お体には気を付けてお過ごしくださいm(__)m

兄と弟

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