■ ■ ■

これの続き。




兄が警察官になるという夢をかなえたことも、人には言えない部署へ配属となったことも、日本という国と其処に住まう人々の安寧の為に心身ともに擦り減らしながら働いていることも、全部全部知っている。

かつて己に対して吐いた暴言をひどく後悔していることも。何も言わずとも、知っていた。


「降谷くんはどうして眼鏡をかけてるんですか?」
「え?」
「その眼鏡、伊達でしょう?」


ああ、と兄が扮する年上の後輩アルバイターの言葉に納得する。確かにかけている眼鏡は伊達だ。かけていなくとも支障はないし、むしろかけずにいることもある。
だがこの眼鏡は、彼にとって平穏に日常を過ごす為に必要不可欠なものなのだ。

自分の異常は見ることで発動する。それはオンオフが出来ないもので、常に視界に他人の秘密が考えている状態だ。それを通っている学園で行われている実験に参加することで強弱をつけることが出来るようになった。
その手段が眼鏡をかけること。ガラス越しに世界を見ることで、本当ならば見えることのないそれらはそっと姿を隠すのだ。

だがそれを打ち明けても信じてもらえるかどうか。
元々異常というものはオカルトじみたものとして知られている。これらを研究する機関も存在するが世間には認知されていない。だから、そんな事情をぼかしつつ口にした。


「別に理由はねぇですけど。まあ、あげるとすれば目の色を隠す為っすかね」
「目の色、ですか」
「珍しいとかでよく絡まれるんすよ、不良とかに」


嘘ではない。変人奇人、頭の螺子が全て外れたような人間が集まるあの学園でも自身の容姿は目立つらしく、一般生徒、特に不良だと主張している生徒にはよく絡まれていた。

といってもそれは入学当初で三年になる今では絡んでくる生徒など殆どいない。やはりあの学園で生徒会だなんて面倒の極みのようなことをしていたからだろうか。
なんてぼんやりと考えていると、兄が少し寂し気に口を開いた。


「そう、ですか」
「……」

悲し気に笑う兄の感情が見える。かつての自分と同じだと憤っていた。そんな自分を傷つけたと後悔していた。
そんな兄を見ていられなくて、わざとらしく目を逸らし無心でカウンターを拭く。なんて声をかければいいのか判らない。

過去に失敗している分、慎重になってしまうのは仕方ないことだろう。

──ふと、友人の言葉を思い出した。


言いたいことは言っとけよ。お前はすぐに諦めるからな。


兄と久々に会ったが何と声をかければいいのか判らない、と相談した時にそう言われた。
人の感情が見えてしまうのに誰も自分の心を理解してくれない。それは同じく異常を持ち、苦労している同級生たちもだ。

どうせ言っても理解してくれないのなら言うだけ無駄だ、そう決めつけていつも口を閉ざす自分に友人は言えという。後悔しないようになと言う友人を思い出して、ほんの少し勇気を出してみた。


「でも、」
「?」
「……尊敬してる兄と同じ色なんで、嫌いではないんすよね」
「……そうですか」


声は震えていなかったか。言葉は間違えていなかったか。
兄の顔が見れず机を睨みながらの言葉だったが兄の嬉しそうな声に安堵する。

本当に尊敬しているのだ。正義感に満ち溢れた兄を、何でもこなせるようにと努力を続けて来ている兄を。

もし、もしも。
兄が偽名ではなく本名を名乗れるようになったら、また昔みたいに言葉を交わして一緒に笑いあって──普通の、兄弟みたいに過ごせるだろうか。兄の淹れるコーヒーの匂いが鼻腔を擽り、穏やかな気持ちで未来に思いを馳せる。

こんな時間がいつまでも続けばいい、らしくなくそんなことを考えた。






──それを渡してきたのは風見と名乗る警察官だった。


「貴方のお兄さんからこれを預かっています」


兄がポアロに出勤しなくなって数日。兄の代わりに出勤して、その帰り道。
突然現れた風見に連れて来られたのは警視庁で、兄の「仕事」関連かと目星をつけるとその通りだった。通された会議室で兄は危険な任務に就いていること、ある作戦の決行日が今日であること、関係者は狙われる可能性がある為保護されていることを風見から聞く。

なんとなくそうではないかと思っていたので大して驚かない。そうですか、とだけ返した自分に何を思ったのか悲痛な面持ちの風見が一通の手紙を渡してきた。

それと、遺言状と書かれたものも。

嫌な予感がする。流石にこれは予想していなかった。

震える手で手紙の封を切る。中身は数枚の便せんが入っていた。大切な弟へ、そう書き出された一枚目から目を通していく。

兄は今危険な仕事についていること、仕事の関係でポアロで勤めるようになったのは偶然であること、弟である自分と久しぶりに会えて良かったこと、それらが綴られていた。
そして手紙はかつて嫌悪の目を向け心ない言葉を投げかけてしまったことへの謝罪で締めくくられていた。大切な弟であることは変わりないと。そう書かれていた。

口から出てしまいそうな激情を何とか抑え遺言状にも目を通す。自身の財産は全て弟へ、と。これからの未来に役立ててくれと示されていた。


「……兄と会いたいんすけど」
「危険な任務を遂行中ですので、無理としか」


震える声で風見が言う。
こんなものを残して、死ぬつもりで仕事をしているのか。否、死ぬ可能性が高いからこそこんなものを残したのだろう。


「──ふざけんなよ」


絞りだした声は怒りで染まっていた。兄が自分に対して負い目を感じているのは十分に理解している。むしろポアロに顔合わせで来ていたあの時には既に知っている。

だがこんな、こんな言い逃げみたいなことが許されるのだろうか。
此方は許すとも、許さないとも何も言っていないのに。それとも許されないと思っているのだろうか。心外だ、尊敬しているのだとあの時告げたのは嘘だと思っているのか。

兄への怒りが沸々と湧いてくる。

ああ、そうだ!あの人はいつもそうだ!!なんでも知ってる顔して、こっちのことなんて何も判ってなんかいない!!

兄に対して怒鳴り散らしてやりたい気分だ。


「兄とは話せないんすか」
「それは出来ません」
「なら伝言をお願いしたいんすけど」
「構いませんが、何を?」


神妙な顔の風見の目の前で遺言状を手に取る。無駄に良い紙を使っていることにすら怒りが湧いてきた。このことも後で一発、何が何でも殴ってやると決心しつつ遺言状を破っていく。
え、と驚愕の声が聞こえてきたが知ったこっちゃない。

このお金は兄が日本を守る為に働き、その働きに対して払われた報酬だ。受け取るつもりなんてこれっぽちもない。

こちとら実験に参加していた報酬と補填としてそこそこの金額を貰って蓄えているのだ、兄のお金などなくとも生活していける。それにポアロでの給料もちゃんと貯金しているので心配されることなど何もない。


「謝る時はちゃんと目を見て言えって俺に散々言ったのはアンタだろ」


あれは何だったか。
兄の玩具を壊してしまった時だったような気がする。気まずさから目を逸らしつつ謝罪した自分への返事は、兄の拳骨だった。

謝る時は目を見て、心をこめてと。拳骨の痛みに泣きわめていたけれど兄に言われたことはちゃんと覚えている。なのに言った本人がそれを破るとはどういうことだ。怒りのままに遺言状を紙の山にしていく。


「本当に謝る気があるんなら、死にかけても這ってでも帰ってきやがれ馬鹿兄貴!こんな、こんな紙切れの謝罪で許されると思うなよ!許してほしけりゃエクリチュールのケーキでも買ってこいや!梓さんとマスターの分もな!!」


激情のままにドン、と机を叩けば紙の山が崩れ床へ落ちていく。やってしまった。怒りで目が眩んでいたとはいえ、とても伝言で頼むような内容ではない。

慌てて風見を見れば、風見は凛とした顔をしていたがその目尻には涙が浮かんでいた。


「必ず。必ず、伝えます」
「……お願いします」


生きて帰ってくれれば、それでいい。その言葉は飲み込んだ。






「すまない。本当に、すまない。俺のせいで、」
「……とりあえず、中、入ったら?」


約束通り、エクリチュールのケーキを持ってポアロにやって来た兄は包帯だらけで。紅茶でも淹れてやろうと中へと誘導する。
梓にはまだまだ及ばないが、自分の紅茶だってそれなりに好評なのだ。ぐすぐすとみっともなく鼻を鳴らす兄に笑みを零した。


「おかえり、兄さん」
「っ…ああ!」


もう一度、やり直そう。






──風見からその言葉を聞いた時、思わず涙が出そうになった。つまりそれは、生きて帰ってこいということだろう。部下にも武運を、と願われたがそれ以上に帰らなければと思ってしまう。

ああ、そうだな。目を見て謝れ、と俺がお前に言ったんだった。なら兄として俺は、お前に謝りに行かないといけない。必ず、行くよ。必ず、


「生きて帰るよ」


それでお前に謝って、一緒にケーキでも食べよう。
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あやしさま、リクエストありがとうございました!
この二人がちゃんと兄弟に戻るとしたら組織壊滅後かなあと思ったらこんなシリアスだがよくわからない小説になってしまいました…(-_-;)

多分この後降谷さんはポアロのみんなに簡単に説明した後に弟くんが淹れた紅茶でも飲むんじゃないでしょうか笑
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