■ ■ ■

降谷零には最愛の人がいる。

『だいじょうぶ?』

幼い頃虐められていた降谷に手を差し伸べてくれた彼女。あまりの美しさに降谷は天使だと勘違いした程だ。無論彼女のことは今でも天使だと思っているけれど。

美しい彼女を汚したくなくて降谷は幼馴染の景光と共に彼女を囲った。
ずっとずっと一緒にいてくれると約束した彼女は、降谷たちがほんの少し目を離した隙に何処かに消えてしまった。それからずっと、降谷は彼女のことを探してる。






「はいこれ。千尋の好きなやつ」
「ありがとう」

部下である風見との定期報告の為に訪れた公園。楽し気に遊ぶ子供たちを慈愛の眼差しで見つめていた降谷は、聞き覚えのある名前と声に反射的に反応した。

見逃すまいと其方に視線を向ければ、記憶の中よりも幾分か成長した彼女がベンチに座っていた。殆ど無意識に携帯を取り出し景光に電話をかける。

『ゼロ、どうした?風見さんならそっちに…』
「彼女が、千尋がいる」
『、今すぐ行く!何処だ!?』

怒鳴り声の景光に現在地を伝えると直ぐに通話は切れた。恐らくそう時間もかけずに此処へやって来るだろう。

彼女──千尋の姿を見逃さないようにと、降谷は千尋の姿を見つめる。

艶やかな黒髪、黒曜石のような瞳。雪のように白い肌は、唇の赤さを際立たせている。降谷の、理想の女性そのものである彼女。
長かった。彼女が降谷たちの前から姿を消して十年近く経つ。漸く見つけられた、と降谷の胸は歓喜で満ち溢れていた。

千尋の隣に男が座っているのを目に入れるまでは。

「家でゆっくりするのもいいけれど、こうして外に出るのもいいものだねぇ。楽しいかい?」
「うん、楽しい」

ふふふ、と頬を緩ませる千尋を見て愕然とする。

──千尋がこんな風に笑っているのを見るのはいつぶりだろうか。離れていた期間も勿論あるが、あんなにも柔らかく楽し気に笑う彼女を最後に見たのは中学時代以来のような気がする。しかもそれを引き出したのは自分たちではなく他の男。

先程までの歓喜は消え失せ代わりに降谷の胸はどす黒い嫉妬心でいっぱいだ。
湧き上がる激情のまま彼女たちに近づいた。

「……?」

近づく降谷に気づいた千尋が此方に目を向けるよりも早く、男が千尋を胸の中に閉じ込め視界を遮る。

「治くん?」
「私たちに何か用かい?」

冷ややかな目で見てくる男に苛立ちが募る。抱き締められることを享受している千尋にも。

「……ああ、毒されてるのか」

誰に言うでもなく呟いた言葉に降谷は納得する。自分たちから離れてしまったから彼女は汚れてしまったのだ。だから降谷たち以外の男に触れられても平気なのだ。
それならば早く綺麗にしてあげないと。此方を睨んでくる男など既に降谷の意識の外だ。ただ愛しい彼女だけを見つめる。

「千尋、帰ろう」
「……降谷、くん?」
「そう、俺だよ。ずっとずっと探してたんだ、漸く見つけられた。もうこれ以上汚れないように俺たちが守ってあげるから、一緒に帰ろう。千尋の帰る場所は、こっちだ」

だから早くそんな男から離れてくれ。そう言うと千尋は黙り込んでしまう。
どうして答えてくれないのだろうか。疑問に思い、降谷は首を傾げる。

ああ、この男が傍にいるから何も言えないのか。可哀想に、俺が助けてやるからな。
千尋を解放してやろうと男へ手を伸ばす。その手が男に届くよりも先に男が嘲るように口を開いた。

「千尋の帰る場所が君のところ?これはまた、面白くもない冗談だ」
「…冗談だと?」
「そうとも!何故なら千尋の居場所は此方で、帰る場所は私だからね」

見せつけるように千尋を抱き締めその頭に口づけを一つ落とす男。勝ち誇ったその顔に堪忍袋の緒が切れた。

「お前ッ!!」
「ゼロ!!落ち着け!」

殴りかかろうとした降谷を到着した景光が抑える。

汚された、汚されてしまった、俺たちの、俺の天使が。

人を目だけで殺せてしまいそうな顔で降谷は男を見る。だが男は気にしておらず、面白そうに降谷を見つめているがその目は冷ややかだ。

「治くん、帰ろう」
「ん?もういいのかい?まだ行ってないところもあるけど」
「もういい。いいの」
「…そう。なら帰ろうか」
「待て!!」

男の腕の中から離れ千尋が立ち上がる。何故だか千尋は此方を見もしない。意図的に視線を外している千尋に降谷は歯軋りをする。

「なあ、千尋。どうしてこっちを見てくれないんだ?なあ…」
「……ごめん」

景光が切なげな声を出すが千尋はただ謝るだけだ。その言葉が聞きたいのではない。降谷と景光の元に帰るという言葉が聞きたいのだ。
だが千尋はそれ以上何も言わず、男に手を引かれ立ち去ろうとしている。

「絶対に迎えに行くからな…!!」

どんなことをしても何かを犠牲にしても。

「やってみなよ、あげないから」

男は嗤った。見せつけるように降谷たちの前に左手が出される。その薬指にはシルバーリングがつけられており、同じものが千尋の左手で輝いている。つまり、彼女は。

「ヒロ、」
「ああ。あの男を洗って千尋を奪い返そう。千尋は、俺たちのものなんだから」

結婚することを強いられたに決まっている。ずっと一緒だと約束した彼女が自ら約束を破るとは思えない。あの男に脅されてるんだ。

俺たちが、助けてやらないと。

降谷と景光の考えは一緒だ。彼女を奪い返すのにまずあの男の身元を洗って、それから奪い返す算段を立てよう。千尋が気に入るような家も見に行かないと。ああ、それよりもまず組織の壊滅だ。

折角千尋を迎えに行っても彼女の身が危機に晒されるのは嫌だし、一緒にいられないのは耐えられない。

「その指輪より、もっと似合うものを贈るよ」

だから待ってて。男と一緒に去って行く黒髪を、降谷は仄暗い目で見送った。
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雫さま、リクエストありがとうございました!

memoのIFは結構気に入ったので、本編終了後に中編くらいの長さで書くかもしれませんがその時はお付き合いいただけたら!笑
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